ニセモノの白い椿【完結】




「――また、付き合ってくださいね。今度は、もう少し長く一緒に過ごしたいな」

バーを出てエレベーターに乗り込むと、立科さんがわざとらしく身体を寄せて来た。

「なんなら、今日でもーー」

「ふざけないで」

咄嗟に立科さんから離れると、その勢いがそのまま反動として引き寄せられる。
立科さんに腕を取られていた。

「ーーお高く止まるのも、いいかげんにしたら?」

耳元で響く低い声に、思いっきり顔を背けた。

エレベーターの扉が開く。
その時ーー目の前に木村の姿が現れた。

「どうして……」

驚きを隠せない表情をした木村から発せられた声と視線から咄嗟に逃れながらも、なんとか会釈をする。立科さんの前で、木村と親しげな雰囲気を出すわけにもいかない。だからと言って無視するわけにもいなかい。

「ああ、木村。こんなところで会うなんて奇遇だな」

言葉を失っている木村とは裏腹に、立科さんは驚いた様子もない。

それはまるで、こうなる可能性もあったとあらかじめ分かっていたかのような態度だった。

「俺たちは、ちょっとしたデートってやつかな。ね、生田さん」

口元には笑みを作っているが、その目は全然笑っていない。立科さんが、念を押すようにじっと私の目を見る。

ここで木村に会ったのに、木村には私との仲を確認する気はない――。

立科さんの発した言葉でそれを悟る。木村に確認しても意味はないと立科さんが言っていたことを思い出す。

立科さんの魂胆は、あくまで私を揺さぶること――。

どう振舞うのがベストか、大して働かない頭で必死に考えた。

「私たちはデートじゃないですよね? 立科さんのおかしな誤解を解くためですよね?」

その結果、余裕の笑みで答えることを選んだ。

「え……っ? いや、いや。二人でバーで飲んだんだからデートはデートでしょ」

相変わらずふざけた発言だが、この場での私の笑顔に立科さんが面喰ったのを見逃さななかった。このまま、ダメ押しをする。

「――そんなことより、木村さんは、もしかしてこれからデートですか? 羨ましいです」

少し親しいくらいの同僚にホテルのエレベーターで会ったら、どんな反応をするのが自然か――。

短い時間で懸命に考え、咄嗟に木村に笑みを向ける。
話を合わせて――と木村への視線と心で念じることで訴えた。
木村ならきっと察してくれる。そう思ったのに、何故か、木村は表情を強張らせたまま何も言葉を発しなかった。

「そうか、木村もデートか。ああ、そう言えば。今日の夕方、電話で話していたもんな。このホテルで待ち合わせだって」

え――?

立科さんが、嫌味なほど陽気にそう口にした。

本当に、木村はここで誰かと会う予定だったんだ。
こんな場所で会う人なんて……。いや、今は、そんなことを考えている場合じゃない。

激しい動揺も胸の痛みも全部押しやり、なんとか笑みを保った。

「それなら、こんなところで時間を取らせてはいけませんよね。では、失礼します」

もう一度木村に会釈する。

木村の横を過ぎる時、無意識のうちに息を止めていた。

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