ニセモノの白い椿【完結】

「どうして、あなたが?」

一体何の用だ。私にとっては、完全に過去の人。今更、話すこともないし関わりたくもない。

私が銀行を辞めるまで、可愛がっていた後輩。
そして、夫を奪った女。

「どうしても、椿さんと話がしたくて」

4月に東京で再会した時は、あんなにも勝ち誇った顔をしていたのに、今目の前にいる彼女はあの日の面影もない。疲れ切った顔をしていた。

「だいたい、なんでこの場所を知ってるの?」

どうしてもこの表情は険しくなる。どの面下げて私の前に出て来るわけ?

「ごめんなさい。(あつし)さんが書いたメモを見つけて、それで……」

元夫が私の実家に聞いた時にメモを取ったものを見つけた、ということか……。

ホント、いい加減にしてほしい。
揃いも揃って、人の生活妨害して、何がしたいのか――。

「お願いです! 敦さんを取らないで!」

は……はぁっ?

突然声を張り上げた彼女に、開いた口が塞がらない。

「私、あの人に捨てられたらもう生きて行けない。だから、お願いです――」

「ちょ、ちょっと、やめてよ!」

いつ同僚が出て来るかも分からない場所で、彼女は泣き出した。
どうして私が慌てなければならないのか全然分からないが、そんなことも言っていられない。
とにかくこの場から離れなければと、それだけを考えた。

「いいから、こっち来て!」

泣きじゃくる彼女を無理やり引っ張り、近くの喫茶店の一番奥の席を陣取った。

「――何言ってるのか、全然理解でないんですけど」

真正面で涙を拭う彼女に、口を開いた。怒りを通り越して、呆れしかない。

「私を追いやったのは、どこのどちらでしたっけ。今更、どの口が言うの?」

こうして話せば話すほど腹立たしい。

「……分かってます。私が椿さんを離婚に追いやりました。そんなこと分かっているんです。でも、今敦さんは、私を見てくれないんです」

涙は止まったのか、今度はぺらぺらとその口をせわしなく動かし始めた。

「敦さんが、東京にわざわざ椿さんに会いに行ったと知って。それ以来、敦さん、心ここにあらずで。しまいには、もう私とは続けられないって……」

彼女も彼女でどうしようもないが、分かってはいたとは言えあの男も救いようもないクズだ。

「多分、椿さんのことを、本当のところでは忘れていなかったんだと思うんです」

そう言えば、そんなようなことを言っていたっけ――。

消滅させるべき過去として葬り去ったので忘れていたが、あの日の元夫との会話が蘇る。
蘇ったところで、嫌悪感しか感じない。

「もしかして、敦さん、復縁してほしいと言いに来たんじゃないですか?」

その目が私を睨みつけている。
どうして、私が睨みつけられなきゃならない?

「それで、二人で話をして、私を追いやって、復縁することにしたんでしょ!」

「いい加減にして!」

ここが喫茶店だということも忘れて、声を張り上げてしまった。

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