ニセモノの白い椿【完結】
「あんな人、私は全然いらないから。奪う気も復縁する気もまったくありません。もう怒りも憎しみもない。ただの過去。それだけ」
これ以上私を失望させないでほしい。
癒されたいと言って、彼女に救いを求めた元夫。
どうしても手に入れたくて、人の物なのになりふり構わず奪った女。
愛って、一体なんだんだろう――。
そう思うと、ただ虚しさだけが胸に広がった。
項垂れる彼女に、溜息を吐く。
ホントに、いい大人がみんなで一体何をしているのか。
「優里ちゃんも、冷静になってもう一度よく考えてごらんよ。今のその気持ちが、愛情なのか、執着なのか。本当に、愛するに値する人だと思えるのか――」
私も、少し前までは、元夫への想いが本当の部分でどの程度のものだったのか。
分からずにいた時があった。
だから、目の前で俯く彼女を憐れむ気持ちが込み上げる。
自分と相手と、どちらをより大切したいと思うのか。本当に誰かを想う時、それが分かる気がする。
「それは自分で判断すること。私はもう何も関係ありません。二度とこんなところに来たりしないで」
それだけを告げて、伝票を手にした。
席を立ち、レジに向かう。背後で彼女のすすり泣く音がした。
虚しい。どうしようもなく、虚しさが覆う。
喫茶店を出ると、どっと疲労感が押し寄せた。
梅雨のあけた空は、澄んでいた。もう暗くなっているのに澄んでいるなんておかしいのかもしれないけれど、ふっと見上げたらそこから視線を逸らせなくなった。
この虚しさとここ数日の出来事の精神的疲れから、そのまま帰る気になれなくて。
一人になりたくないと思った。
一人になりたくないと思って困るようなことは、この街ではない。
ただ、歩いているだけで、通りには人が溢れ、そこかしこにショップもある。
目的なんかなくてもいくらでも立ち寄る場所がある。
こういう時、むしろ都会に住んでいることはメリットになるかもしれない。
買う気もないのに服を見て歩いた。
でも、そういう店の閉店時間は早くて。あっという間に放り出された。
その時、あのバーを思い出す。
腕時計を確かめる。
今日は、水曜日じゃない。ということは、おそらく木村はいないはず――。
それにマスターも私を覚えてくれている。
私は、すがるように、あのバーへと向かっていた。