ニセモノの白い椿【完結】
夜の7時――。
なんとか、木村が帰宅する前にすべての準備を終えることが出来た。
この日は、ダイニングテーブルではなく、ソファの前にあるローテブルに料理を並べた。
いくつかの料理と、ワイングラス。
テーブルの側には、ワインクーラーの中にたくさんの氷を入れてスパークリングワインを冷やす。本当はシャンパンにしたかったのだけれど、金額の面からスパークリングワインにケチらせてもらった。
これでよし――。
テールブルに並んだものを眺めて、納得する。
生田椿、渾身の料理の数々だ。
「――ただいま」
玄関先から、木村の声がした。
そして、すぐにその足音が近づいて、姿をリビングに現した。
「おかえり」
「……どうしたの、これ」
何事かと思う料理の数にすぐに気付いたのか、木村がテーブルを見下ろして目をぱちくりとさせている。
「今日、何かあるっけ? 誕生日でもないし、他に祝うようなこともないし……」
「正解は――」
本気で考え込んでいる木村の前に立つ。
「最後の晩餐でーす」
少しテンション高めに発表してみる。
「え……?」
なのに、目の前に立つ男は、すぐに真顔になった。
あの日――。私が、榊さんと木村が話しているのを盗み聞きしてしまったあの日、木村は夜も更けて明け方になろうかという頃に帰って来た。
当然、私は寝たふりをした。
あんなにも遅く帰って来たのは、きっと私と顔を合わせたくなかったからだろう。
それからは、外見上、何もなかったかのようにお互い振舞っていた。
だから、そんな風に木村が真顔になるのも、無理はない。
「最後って、どういう、意味……?」
言葉を失っていた木村が、その真顔を私に向ける。
「うん。明日引っ越すことになったから。これまでここにお世話になったお礼をしようと思いまして」
「ちょっと待てよ。そんな話聞いてないんだけど。八月中旬までは、ここにいるって言ってただろ? どうして、そんな急に――」
「急だったんだよ。ホントにいい条件の部屋が見つかってさ。そういう部屋はすぐに押さえないと次の客にとられるなんて言われたから。速攻で契約した」
こちらはひたすらに笑顔で話しているというのに、木村は一向にその表情を崩さない。
「明日引っ越しって……明日は月曜だろ」
「うん。急な引っ越しだから、月曜日しかあいてないって引っ越し業者に言われてね。だから、無理に休暇を取る羽目になったよ」
「それじゃあ、俺、引っ越しさえ手伝えない」
月曜だから引っ越し業者が空いていたというのは嘘じゃない。
でも、もう一つの理由は、木村が私の引っ越しに立ち会えないから。それもあった。
「いいっていいって。引っ越しと言っても、ほとんど荷物もないし。一人で十分できます。それより、温かいうちに食べようよ。今日は、かなり気合を入れて作ったんだから。さあさあ、座って」
まだ動揺を隠せない木村を、無理矢理ソファの前に座らせた。