ニセモノの白い椿【完結】
友人としての自分を演じ切るならば、ここは冗談にしなければならない。
『何、手なんて繋いでんのよ!』
とか
『しょうがないから、手くらいは繋いでやる』
とか。
でも、出来なかった。
ばかみたいに女の私になってしまった。
ただ手を繋ぐだけで、壊れるほどに胸が震えるのだから仕方ない。
三十過ぎていい大人で。
身体を繋げるでもなく、キスさえしない。
ただ、手のひらを握りしめるだけで、こんなにも胸が締め付けられる。
言葉も一切ない。
でも、強く握り締められた手のひらから全部伝わって来るみたいで。
だから。何も言葉なんて出て来なかった。
言葉に出来ない代わりに、その手を強く握り返す。
このままずっと夜なんか明けず、このままずっとこうして歩いていられたら。
そんなことを願ってしまう。
夜の街を、二人で必死になって、無言のまま歩き続ける。
――それでも、いつか終わりは来てしまう。
「……結局、酒、買わなかったな」
マンションの前に戻って来てしまっていた。
「そう、だね」
どちらからともなく、手を離した。
それが、私たちの終わりの合図みたいだった。
宴の後のように、リビングのローテーブルには空の皿とグラスがそのままになっている。
「……片付けは、俺がしておく」
「でも――」
「俺にさせて」
その背中が、それ以上私に何も言わせまいとしていた。
「分かった。じゃあ、お願いします」
その背中を見つめ、そしてそこから背を向ける。
「今日は本当に、美味しい料理、ありがとう」
「どういたしまして」
多分。私たちは同じことを考えている気がした。
これ以上、二人きりでいたくない――。
深まる夜が、判断を狂わせてしまいそうだから。
だから、私は素直に自分の部屋に戻った。
二か月半過ごした部屋には、二つの段ボールとカラーボックス。そして、折り畳み式の小さなテーブル。それがひとまとめに部屋の隅に置かれている。
そして、スーツケースだ。
フローリングに座り込み、不意に手のひらを見つめる。
ほんの数分前まで重ねられていた手のひら。
その感触がまだ残っている。
この部屋で過ごす最後の夜は、私に眠気を連れて来てはくれなかった。