ニセモノの白い椿【完結】


「ねぇ。酒、全部なくなったみたいだから、一緒に買いに行かない……?」

少しの無言の後、木村が突然口を開いた。

「え、これから?」

「行こう」

もう十分飲んだ。それに、時間も遅い。
私が戸惑っている間に、既に木村は立ち上がっていた。
私を見下ろす目が、有無を言わせないような強いもので。それでいて、どこか寂しげだったから、結局、私は頷いていた。

マンションのエントランスを出ると、夏真っ盛りとは言え、夜の風が気持ちよく吹き付けて来た。
見上げた空には、大きな月が浮かんでいた。

路地裏の道は、都会とは言え静かだ。
人通りもほとんどない。住宅街でもあるエリアだから、それも不思議じゃないけれど。

歩道を二人並んで歩く。

こんな風に夜の道を、二人並んで歩くなんてことはもうないんだろうな。
なんて思えば、この街の景色も肌に感じる風も空に浮かぶ月も、全部特別なものに思える。

「――あんまり演技し過ぎないこと」

「……えっ?」

歩き出したはいいもののお互い無言のままでいたら、木村が突然そんなことを言い出した。

「出会いだよ。いつもの完璧に演じた後のあなたの素じゃ、振れ幅大きすぎて普通の男なら対応できないから。最初から、もう少し自然でいた方がいい」

「はぁ?」

「まるで別人格だ。普通の男は、それでびっくりして逃げだすよ」

「はぁ」

どうやら、助言をしてくれているらしい。

「だからと言って、自分を安売りしないように。生田さん、プライド高そうに見えて自分を低く見てるとこある。綺麗な自分を否定しようとするな。あなたはあなたでしかない。そのままでいればいい」

何、言ってんだか。
今度は、こっちが泣けてくるじゃないか。

こんな表情ばれるわけにもいかず、ずっと地面を見つめながら歩く。
アスファルトは、哀しいくらいにどこまで歩いても同じ柄だ。

誰一人待ち人のいない横断歩道にたどり着く。
信号は赤だった。

今度は、等間隔に並んだ白線を無意味にじっと見つめた。

何も言葉を返せない。口を開いたら、変な声になってしまいそうだからだ。
何かをしていないと間がもたない。
ひたすらに白線を数えたりしていた。
だから、信号が青に変わるのに気付けなかった。

「青、だよ」

「え……っ」

私の手が何かによって引かれる。
慌てて前を見ると、木村の背中があった。私の手を握りしめているのは、木村の手だった。
何も言わず、ただ手だけを繋ぐ。

木村は何も言わない。
私も何も言わない。

青信号の横断歩道を渡り切っても、その手が離れることはなかった。

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