ニセモノの白い椿【完結】
気怠さの残る身体では、夏の眩しい日差しは辛いものがある。
これでもかと大きな窓から燦々と降り注ぐ光に思わず目を伏せた。
「――生田さん。行こうか」
それでも、その光が和らいで、ゆっくりと目を開けるとそこには木村の顔があった。
私を見つめてくれるその眼差しを見るだけで、幸せな気持ちになる。
木村のマンションからそのまま出勤することにした――というかそうせざるを得なくなって、朝早くエントランスをくぐった。
その時、隣を歩く木村が不意に私の手を取った。
「ちょ、ちょっと、なんで、手!」
「駅までならいいでしょ。このあたりには知り合いは住んでいない。それに朝だ。誰にも会わないよ。本当ならもっと引き寄せたいけど、こっちは手を握るだけで我慢してるんだ」
「バカじゃないの! いつどこで誰が見ているか分からないっ」
あたふたと周囲を見回しその手を振り払おうとした私をよそに、あろうことか、木村は私の手をより強く握り締めて来た。
「俺の腕の中ではあんなに従順だったのに。もういつもの生田さんだ」
「だから、そういうこと言わないでって」
どうして私ばかりが翻弄されるのか。
悔しいから、もう一度勢いよく手を振り払い先を歩く。
「――生田さん」
背後から私を呼ぶ木村の声に、仕方なく立ち止まり振り向いた。
「俺は、すべての覚悟が出来ているから。何が起きても、揺らがない」
まただ。ふざけていたかと思ったらそうやって真剣になって。
「それでも、生田さんが本当に嫌がることはしないよ。だから、ここは素直に我慢します」
立ち止まる私の隣に追いつき、木村がそう言った。
少ししおらしくなった木村に、ほんのわずか申し訳ないと思ったのに……。
「その分、夜、埋め合わせをしてもらうから」
耳元に触れるか触れないかの距離でそんなことを囁く。
「朝から、そんなことを言うなっていうの! それに、もう体力余ってない!」
木村を罵りながら、不意に思う。
この先、私たちがどうなったとしても、この瞬間感じた幸せはいつまでも薄れたりしないだろう。そんな気がしてならない。
木村と出会えたこと。そして恋に落ち、愛されたことは、間違いなく私の人生を幸せなものに塗り替えてくれた。
たとえ、それが、一瞬のきらめきだったとしても、
出会えたことも抱き合えたことも、絶対に後悔したりなんかしない。
そう思える自分が、どれだけ幸せな女なのかを実感する。
「さあ、行くよ」
だから、その私を見つめる眼差しを一つ残らず胸に焼き付けたい。
私が感じたように、私もあなたを幸せに出来たら――。
それが、私の未来になる。