ニセモノの白い椿【完結】
「だって、早く帰って来たかったんだもん」
「え――」
「そんなことより。生田さんがキッチンに立ってる! その事実の方が、かなり重要なんですが」
「え……っ!」
手にしていた鞄を床に投げやり、木村が満面の笑みで突進して来る。
「ちょ、ちょっと!」
「……最高に嬉しい」
あっという間に後ろから抱きしめられる。木村の顔が私の顔のすぐ横に来て、その声が恐ろしく近くで聞こえる。
「な、何が」
「あなたが、ここにいてくれること」
私を抱きしめる温もりと返答に困るような発言、そのせいで、少なくとも体温が2度くらいは上昇した気がする。(あくまで気がするだけだけど)
「ずっとね、こんな風にしたかった。キッチンに立つ生田さんを、どれだけ後ろから抱きしめたかったか。あの頃の俺の忍耐力を褒めてよ。でも、もう我慢しなくていいんだね」
そう言って更に抱きしめる腕の力を込めて来た。
だから。そういうことスラスラと言わないでもらえるだろうか。
どんな表情したらいいか分からない。
「……えっと、今、夕食準備中だから」
「いいよ、続けて。俺のことは気にしないで」
めちゃくちゃ、気にするっつーの。
「いやいや。もう、出来るから。早くジャケット脱いで来たら? 一緒に食べよう」
「……そう、だね。うん」
素直に従ってくれたことに、安堵したのも束の間――。
「俺、幸せ」
――っ!
そうわざとらしく耳元で囁くと、そのまま頬にキスして来た。
咄嗟に振り返ると、何の曲だかよく分からない鼻歌を歌いながら寝室に向かっている木村の背中が見える。
友人木村→恋人木村。
アマリニチガイスギマセンカ――?
何故か心の中で片言の日本語になる。
どうして、ああも変われるのか。
私は、絶対に無理。急にあんな風になれない。