ニセモノの白い椿【完結】
「ここにいれば、頭取のご子息とは言え一行員に過ぎません。でも、外に出ればやっぱり他の人とは違うんですよねぇ。あの慶心大付属の初等科出身だから、人脈もそれはそれは凄いんです」
慶心大と言えば、あの超有名私立大学か。その初等科あがりと言えば、セレブの代表みたいなものだ。地方出身の私だって知っている。
要は、ボンボンということだ。
そう言えば、あのマンション。若い男が住むには、少々豪奢だと思った。
「噂によると、あの榊グループ創業家のご長男と親友だっていう話で。友人ですらスケールが違うんです」
自分の親は頭取で、親友が日本有数の大企業創業家の息子?
完全に住む世界が違う人間じゃないの。
白石さんが、我がことのようにあの男のすごいところを披露している。
何かのスイッチが入ってしまったのか、その口が止まらない。
私はそれを、どこかしらけた気分で見ていた。
「それなのに、木村さんって、物静かで――」
え――? 誰が、物静かだって――?
「そういう特別感みたいなものを出さない、謙虚な人柄で」
謙虚……。どこが?
「うちの女子行員からも密かに人気があるみたいなんですよ」
あくまでの他人の事みたいな言いようだけれど、それって、間違いなくあなたもですよね?
”社内でモテても面倒なだけだからさ。地味にするための、小道具”
とかなんとか言っていたけれど、全然モテオーラ消せていないじゃないか。
「とにかく木村さんは注目されているんです。だから、何をしていても人目についてしまうんですよ?」
これって私、遠回しに牽制されているのだろうか。
つまり、ちょっかい出すなよと、そういうことか。
目の前にいる白石さんの目が、真剣、というより少し怖い。
白石さん、木村という男を狙っている一人ということで間違いないでしょうか?
「へぇ……木村さんって、凄いんですね」
心底どうでもいいけれど、適当にそうに答えておく。
白石さんにしてみれば早いうちに釘をさしておけということなんだろうけど、ご心配無用です。
銀行員にもセレブにも、まったく興味ありませんので。
というか、もう、男そのものに興味がない。
異性をそういう対象として見る気力は、今の私には皆無だ。
それより何より、木村の口に余計なことを吹聴させないためには――。
私の頭の中にはそれしかない。