ニセモノの白い椿【完結】


それから、ちらりと見かけることはあっても木村と言葉を交わすことはなかった。

ほっとするような、落ち着かないような。

とりあえずのところ、周囲の人の私を見る目が変わった様子もない。

おそらく、まだ、大丈夫。

どこか無理にそう言い聞かせている部分もあった。
でも、あの夜の出来事は、私にとってはとんでもない事態でも、木村という男からすれば大したことではないのかもしれない。
仕事上面倒を見てもらっている白石さんとも、上手くやれている。

自分が心配するほど、重大なことではないのではないか。このまま平穏に過ごせるのではないか。

そう思い始めていた。



勤務からちょうど一週間が経った頃だった。
この日の仕事を終え、ロッカールームから出たところで声を掛けられた。

「生田さん!」

背後から聞こえた声に、振り返る。

あの人か……。

面倒だと思いつつ、無難な笑顔を見せる。

「お疲れ様です」

「やっと会えた! どう? 仕事慣れて来た」

立科という男が、私を追いかけて来た。

「おかげさまで、少しずつ慣れてきました。それも、周りの方のサポートのおかげです」

「そっか、そっか。それは良かった。でも、生田さんもきちんと仕事してるって、評判いいよ」

だから、近いって。

距離が近い。さりげなく、立科さんから一歩離れる。

「いえ、ただ目の前のことをこなすのに必死なだけです」

「謙虚だなぁ。一見、近寄りがたい雰囲気なのに、いつも笑顔で感じいいよね――」

そりゃまあ、そう見えるようにしていますから。

本来の私は、かなり面倒くさがりやで。自分から人の輪に入っていくのも得意なタイプじゃない。それに、笑顔も苦手だ。
でも、この容姿で何も考えずに黙っていたら。
ただ、それだけで、”ちょっと綺麗だからってお高くとまっている”と思われる。
ただ黙っているだけで、”あなたたちとは違うのよとでも言いたいのか”と言われる。

そんなつもりは全然なくとも、この顔のせいで、そんな風に受け取られてしまうのだ。

その一方で、愛想良くし過ぎても反感を買う。
嫉妬という感情は、果てがない。どこまでも深く深くなるだけだ。

そういう、女の感情がわずらわしくて。
私は、いつの間にか、”ちょうど良い感じ”の自分を演じるようになっていた。

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