ニセモノの白い椿【完結】

その日のうちにそのまま派遣会社に出向き、登録を済ませた。
私の出した条件に合致する派遣先が見つかるまで待つこととなった。


浜松の自宅マンションに帰宅した時には、夜九時近くになっていた。
三月も終わりとはいえ、夜はまだまだ肌寒い。
一人で暮らすには広い2LDKのマンションは、明かりを点けても冷え冷えとしているように感じる。

二月に離婚が成立した。
夫がこの家に帰って来なくなったのは、それよりも前。年末くらいからだっただろうか。
結婚生活を始めたこの家で、一人残された私は心を固くしながら生活していた。

鍵をリビングにあるチェストに置くと、そこにあった写真立てが目に入った。

結婚式の時に撮った写真――。純白のウエディングドレスを着て、清楚で控えめでそれでいて完璧な微笑みを纏った私と、勝ち誇ったような笑みを浮かべた夫が並んで立っている。飾ったままのその写真立てには薄らと埃が被っていた。

離婚を切り出されて、離婚が成立して、そしてこの日まで。いくらでも時間はあったのに、処分することにさえ気が回らなかったのだと今頃になって気付く。

そっとその写真立てを伏せた。


手にしていた一泊二日分の荷物が入ったバッグを床に置き、トレンチコートを着たまま、ソファに身体を投げ出した。

ふうっと息を吐く。

沙都(さと)ちゃん、ちゃんと(まこと)に会えたかな――。

息を吐いたと同時に、この日東京にいた大事な目的が蘇って来た。
突然職探しなんて始めたから、すっかり頭から消えていた。

慌ててソファ横に置いたバッグからスマホを探し出す。そしてディスプレイを確認すると、まさにその“沙都ちゃん”からのメールを受信していた。

(お姉さん、本当に今日はありがとうございました。お姉さんのおかげで、無事に眞さんを空港で捕まえることが出来ました。そして、不安も恐れも全部かなぐり捨てて自分の本当の気持ちを伝えました。私の気持ちを受け入れてくれて、なんとか元に戻ることが出来そうです。また、今度、詳しく報告させていただきます。本当に、ありがとうございました)

良かった。あの二人、別れずにすんだんだ――。

久しぶりに、心がじんとした。

そもそもどうして私が東京に行ったのか。
それは、離婚したばかりのむしろ恋愛敗北者の私が、人の恋愛を後押しするためだった。
< 4 / 328 >

この作品をシェア

pagetop