ニセモノの白い椿【完結】


私には、子どもの頃から舎弟扱いして来た三歳年下の弟―眞―がいる。

これがまた、無駄にハイスペックな男で。
顔は私の弟だから良いとしても、異常に知能指数が高く、東大を卒業して中央官庁に入った。いわゆるキャリア官僚である。

そんなあいつが、年末に浜松に帰省して来たときに初めて彼女を連れて来た。

私の方は、夫が浮気を自白して、浮気をした方のくせに『離婚してくれ』なんてふざけたことをぬかして来たちょうどその頃で。

人の気も知らないで(そんなこと弟には伝えていなかったのだから知らなくて当然なのは置いておく)、いつもは表情一つ動かさない無表情男が幸せボケみたいに緩みまくった顔で彼女なんか連れて来たから、最初は喧嘩を売っているのかと思った。

でも、その彼女ーー沙都ちゃんが、思いのほかいい子だった。

気さくで人の立場に立てる優しい子で、女を全面に出すようなあざとさもない。

初対面だったのに、気付けば私は酒飲んで管を巻いて彼女に何もかもをぶちまけていた。
私は人に対して本音で接するようなタイプじゃない。それなのに、彼女には恥ずかしい姿も何もかも、曝け出していた。
懐の深さと人を癒すことができる、そんな彼女の人柄にすぐに好きになった。

我が弟ながら、女を見る目があるじゃないかと感心したりして。

二人が並んで立つ雰囲気がとてもよくて、人の幸せなんて願えるような精神状態じゃなかったけれど、沙都ちゃんなら応援したいと思った。

だから、眞が海外赴任でニューヨークに行くことになったと聞いた時、
結婚するのか遠距離恋愛を続けるのか気になって聞いてみたら――。

(別れた)

ただその三文字だけがメールで送られて来た時は、目を疑った。
あの感情温度の低い弟が、彼女のことは心から愛しているのだと見ていれば分かったから。
もちろん舎弟だから仲の良い姉弟というわけでもない。そんな、仲も良くない姉に、弟が詳しい説明をするはずもなく。
居ても立ってもいられなくなった私は、お節介かもしれないと思いながらも、東京に沙都ちゃんに会いに行ったのだ。

お互い想い合っているくせに、些細なすれ違いと、相手の気持ちが見えない不安とで離れてしまいそうになっていた。
そんな彼女をけしかけて。
この日、まさにニューヨークに旅立つ弟を、最後の最後土壇場で彼女は空港まで会いに行った。

人一倍臆病で、人一倍気を使う沙都ちゃんは、傷付くのが怖くて逃げていた。

でも――。

ほらね。お互い心から想い合っていれば、絶対に別れたりしないんだから。

一人、思わず笑ってしまった。そして、すぐにその笑みも消える。

そう。本当に想い合っていたら、どれだけ複雑に感情が絡まってしまっても、どうしたって人は懸命に解こうとする。本当に想い合う相手なら――。

夫と私はそうじゃなかった。一年で切れてしまうほどに、簡単で弱い繋がりだった。

もう終わったこと。

こめかみに手を当て、そして立ち上がった。

自棄だろうがなんだろうが、私も、立ち止まった場所から動き出さないと――。

いっこうに暖まる気配のないリビングを出た。
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