救われ王子にロックオン~溺愛(お礼)はご遠慮させて頂きます~
あやめが生まれ育った故郷。

それは都心からかなり離れた海上にあるN島というあまり有名ではない離島だ。

T飛行場からはジェット機で30分程度だか1週間に2回1往復しているだけだ。

フェリーは毎日運航しているが、深夜に出発して早朝に着くという、少々、いやかなり交通の便が悪いところにある。

人口は200人程度。

村の診療所は1ヶ所だけで、現在は外科医1名、歯科医1名、看護師3名、助産師1名で運営している。

診療時間は午前中のみ。

午後は健診や往診にあたるといった診療体制だが、一方では急患には24時間対応する厳しい所だ。

大きな手術が必要になればドクターヘリを呼んで都心に運ぶのだが、要請してから30分はかかるし、なにより夜間や悪天候時はヘリは飛ばない。

あやめの夢はそんなN島で診療をすること。

医科大学を卒業し、研修医期間を終えてから、あちこちの病院をかけもちして勤務してきたのも、現在のセントヒルズホスピタルで勤務しているのも全てその夢に活かすためだ。

あやめはまとまった時間があるとふるさとのN島に帰り、診療所での急患対応や回診を手伝っている。

あやめの日常も、週末の過ごし方も、将来の夢も、一般の若い女性とは大きく異なる。

だからこそ、あやめは光治の恋心を受け入れるわけにはいかない。

そもそも人生の向かうベクトルの方向自体が重ならないのだ。

交わるはずがないと初めからわかっているものを近づけようとするのは無謀というもの。

その事さえわかれば、光治も田中も.あやめとの将来に失望し諦めてくれるだろう。

そう信じて疑わなかったため、この茶番にあまり真剣に取り合ってはいなかったというのが正直なところだ。
< 63 / 101 >

この作品をシェア

pagetop