きみに ひとめぼれ
僕は坂井さんが張り付くように見ていたフェンスの辺りに、彼女の姿を投影した。
そこに彼女の姿はない。
代わりに今そこにいるのは、あいつだった。
ゴミ箱を傍らに放置して、フェンスにしがみついている。
隣ではしゃぐ女子の声など、耳に入っていないように見入っている。
寂しげな後ろ姿にそっと近づいて顔をのぞいてみた。
ひどい顔だ。
どうしたんだよ。
どうしてそんな目で本田を見てるんだ?
いたたまれず、声をかけた。
「おい」
「ああ?」
あいつはこちらに顔を向けることもせず、気の抜けた返事だけよこした。
「何やってんだよ。部活行くぞ」
「なあ、園田」
「ん?」
「俺って、掃除当番じゃないよな?」
「うん」
僕は即答してやった。
「やっぱりそうか」
あいつは力なく笑った。
「広瀬のヤツ……」
髪をかき上げて、参ったなという顔をする。
口元は弱々しく笑っていた。
「部活、行かないの?」
僕は探るように聞いたけど、あいつの答えは全然答えになっていなかった。
「テニス部ってさ、華やかだよな」
僕はテニス部をもう一度見た。
確かに華やかなのかもしれない。
女子たちの声援も熱い。
だけど、それはサッカー部も同じだ。
広瀬への熱い声援が、いつもグラウンドに響いているじゃないか。
「本田は、やっぱりかっこいいな。モテるし」
「なんだよ、それ。お前も本田に惚れてんのか?」
「まあ、惚れるわな」
冗談とは思えない真剣な顔をして言う。
「坂井さんも……」
後付けでぽつりとつぶやかれた名前が耳に届くと、僕の体がぴくりと反応した。
あいつの表情は、今まで見たこともないほど切なげだった。
そんな顔を見せられても困る。
おまえとコイバナとか、ありえないだろ。
別にこいつとだけじゃない。
僕は今まで、コイバナというものをしたことがない。
そういうものに、縁がなかったから。
こういうとき、どうしたらいいのかわからない。
声のかけ方も、慰め方も知らない。
「坂井さんは、まだ本田のことが好きなのかな?」
あいつはすっかり抜け殻のようになっていて、そよそよと吹く優しい風にさえ、飛ばされてしまいそうだった。
「そんなの、知るかよ。もう部活行くぞ」
返事はなかった。
テニスコートをじっと見たまま動かなかった。
だから、あいつをそこに残してグラウンドに向かった。