きみに ひとめぼれ

あいつはやっぱり返事をしなくて、じっとテニスコートを眺めていた。

でもしばらくして、あいつはこっちを見ることなく、「うん」とだけ言った。

とても静かで、落ち着いた返事だった。


「園田も気づいたか」

「みんな気づいてるよ」

「え? マジで? そんなわかりやすかった?」


 あいつはおどけたように言った。


「坂井さんと、付き合いたいの?」


僕の質問に、あいつはまた黙った。

でも急に頬を緩めて、「うん」とうなずいた。

なぜだか嬉しそうだった。

まるで、もう付き合っているみたいな顔をするんだ。

その顔に、僕はあいつが本当に遠くに行ってしまったような気がした。


「なんで?」

「なんでって……それ聞いちゃう?」


って、あいつは僕の質問をおかしそうに聞き返した。


「好きならみんなそう思うもんじゃないの?」


「だから、何でそう思うんだよ。

 彼氏になる必要があるのかよ。

 好きなだけじゃダメなのかよ。

 見てるだけじゃダメなのか?」


「じゃあ、お前はどうなの?」


 あいつは僕に優しい笑みを向けて、そう聞いた。


「好きな人と、そうなりたいと思わないの?

 もっと話したいとか、もっと触れてみたいとか、それ以上とか」


「え?」


僕はドキッとなって、顔の方に一気に血が回ってくるのを感じた。

頬や耳が熱くなってくる。


「今いやらしいこと考えてただろ」


そう言ってからかう。


「ち、違う。何言ってんだよ」


僕は必死になって否定した。

いや、否定はしないけど。

とにかく、いつもと変わらないあいつが戻ってきたと、どこかで安心もした。

だけどそれは一瞬で、あいつは急に真面目な顔になって、またテニスコートを見た。


「そういうもんでしょ。

 俺も同じ。

 もっと話したいし、もっと触れたいし、それ以上のことも、したい」


あいつが急に男の顔になって、僕の方がドキドキとしてしまう。


「吉川さんが、言ったんだよ。

 私のこと知らないならこれから知ってほしいって。

 俺のことも、もっと知りたいって。

 ああ、俺と同じだなって思った。

 俺は坂井さんのことをもっと知りたいし、坂井さんにも俺のことをもっと知ってほしい。

 それは、彼氏じゃないとできないんだよ。

 彼氏じゃないってことは、坂井さんの言う通り、俺はただの関係ない人なんだよ。

 だから、俺はちゃんと坂井さんの彼氏になりたい。

 彼氏にならないと、だめなんだ。

 彼氏じゃないと、心配も口出しもできない。

 彼女が今何を考えてどう思っているのかさえ聞けない。

 「こうしたい」「ああしたい」のどれもできないんだよ。

 「彼氏でもないくせに……」がいつまでも付きまとうんだよ。

 彼氏かどうかって、それくらい重要なんだよ。

 友達っていう関係と、それくらい差があるんだよ」


「友達だって、それくらいできるだろ」


「おまえさあ、女友達じゃないんだから。

 そんなんに絶対かなわないだろ、男友達なんて。

 限界があるんだよ」


あいつは呆れたように僕に説いた。

あいつにそんなことを教えられて、僕は恥ずかしくなった。

あいつに教えられなくたって、僕だってちゃんとわかっているんだ。


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