溺愛全開、俺様ドクターは手離さない
 まったく思い出してくれない和也くんにわたしもだんだんムキになってきた。

『うるさいな。邪魔するなよ』

 そう言って立ち上がった和也くんは、わたしを置いてスタスタと歩き出してしまった。

『待って!』

 慌てて追いかけようとしたわたしは、勢いでその場で転んでしまった。

『痛いっ』

『おい、大丈夫か? 怪我した方の足か? 見せてみろ』

 そう言って駆け寄ってきてしゃがんだ和也くんは、迷いなくわたしの左足に手を触れた。

『やっぱり……あのときの人ですね』

 うれしくなったわたしは嬉々とした声をあげる。

『……っう』

 知らないふりをした手前、和也くんは気まずそうだ。

『わたしずっと、このお礼を言いたくて』

『足は?』

『あ、え? 大丈夫ですけど』

『なんだよ、心配して損した。今日も、あの日の屋上でも』

『やっぱり、覚えていてくれたんですか?』

『はあ、そんなわけないだろ。今思い出したんだ』

 ごまかすように視線を逸らした和也くんはその場で立ち上がり、わたしの方へ手を差し出してくれた。わたしはそれに掴まって立ち上がった。

『あの、ありがとうございます。これっ……あっ』

 和也くんに返そうと思っていたハンカチは、見事にドロがついてしまっている。

 なんで? せっかく会えたのに……。

 千載一遇のチャンスだと思った。あの日以降きちんと洗濯してアイロンをかけて持ち歩いていた。いつ彼に会ってもいいように。それなのにどうして……。

 悲しくなって泣きそうになったわたしの頭を、和也くんはぽんぽんと叩いた。

『次のときでいい』

『え?』

『だから、次のときでいいから』

『それって、また話しかけてもいいってこと?』

 さっきは、あからさまにわたしのことを知らないフリをしていたのに?

『ああ、まあ、お前が俺に会えればだけどな』

 意地悪に笑った和也くんだった。けれど、それから数回わたしがリハビリをする金曜日の夕方に彼は同じベンチで待ってくれていた。
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