溺愛全開、俺様ドクターは手離さない
 彼に片思いをしていても高校生のわたしができたのは、瑠衣や他の女子からの情報収集と彼に近づくための涙ぐましい努力だけだった。周りからもたらされる和也くんの話を聞くと本当に彼がどれほどすごい人なのかがわかった。

 いくら付属高校在籍だとしても、大学のキャンパスに勝手に立ち入ることはできずに和也くんと会うのは本当に難しかった。

 事故から八カ月後。

 わたしはリハビリのために週に一回病院を訪れていた。まだ走ることはできなかったけれど、普通に生活をするには問題ないほどに回復していた。

 その日もリハビリを終えて、わたしは中庭を抜けて帰宅するところだった。そのときベンチに座っている和也くんを見つけたのだ。

 わたしはそのときの自分にできる限りの速さで彼のもとに向かった。そして息を切らしながら彼の前に立つ。

 急に目の前に現れたわたしに、和也くんは顔を向けた。

『あの! わたし山科瑠璃です』

『は?』

 不機嫌そうな和也くん。怯みそうになるけれど、想定内のことだ。しかし続く言葉にはさすがのわたしも呆然とした。

『誰?』

 冷たい態度に思わず言葉に詰まる。だけどこのまま黙っているわけにはいかない。

 自分が大切にしてきた思い出を、彼はまったく覚えていなかった。

 その衝撃にうちひしがれつつも、もしかしたら思い出してもらえるかもしれないと思って必死なって話しかける。

『あの、わたし以前屋上で……』

 しかし和也くんは、わたしが話をしているにもかかわらず、無視して手元の本を開いた。

 もしかしたら、これを出せば思い出してくれるかもしれないと思って、あの日和也くんにもらったハンカチを差し出した。

『あの、これ。お借りしていたハンカチです』

 ぐいっと差し出す。和也くんは一瞥してすぐにまた本を読みはじめた。

『あの、ですから……』

『知らない。俺のじゃないだろ』

『そんなはずないですっ。あの日、屋上でこのハンカチを渡してくれたのは、あなたです』
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