溺愛全開、俺様ドクターは手離さない
「えっ? わっ!!」

 いきなり聞こえてきた声に、驚いたわたしは椅子の上でバランスを崩した。

「危ないっ」

「きゃあ」

 体が宙に浮く感じがした。慌ててなにかをつかもうと手を伸ばしたけれどバタバタとするだけだ。

 床に体をぶつけると思い覚悟した。けれどドンッという衝撃の後、わたしは固い床ではなく、和也くんの体に受け止められていた。

「大丈夫か?」

「うん、平気。それより和也くんは?」

「重いから早くどけよ」

 そう言われてわたしは、分が和也くんに覆いかぶさっていることに気がついた。

「ご、ごめんね。すぐに……っ、痛い」

 左足に痛みが走った。昔の事故で怪我をしたところだ。その様子を見た和也くんの顔色が変わる。

「おい、見せてみろ」

 足に手をのばそうとするので、わたしは慌てて足を引っ込めた。

「時々あるの、でももう完治してるんだから、気のせいなの」

 今日にはじまったことではない。競技者として走れなくはなったものの、わたしの足はすでに日常生活を送るにはなんの問題もない。けれど時々こうやって、なにかのひょうしに痛みが走ることがある。

「いいから、見せてみろ。口答えするんじゃない」

 そう言ってわたしの左足を自分の膝の上に乗せた。

「これは? 痛くないか?」

「うん、大丈夫。怪我はしてないと思う」

 しっかり和也くんが受け止めてくれたのだ。実際のところ関係のない昔の古傷が痛むだけ。けれど真剣にわたしの足を診てくれているその姿が、わたしにとっては眼福意外のなにものでもない。

「おい、ニヤニヤするな」

 緩んだ表情をしっかり見られてしまっていた。慌てて顔を引きしめる。

「本当に大丈夫。一瞬痛みが走っただけで、今は痛くないし」

 それでも和也くんは、わたしの足を離さない。こうやって真剣な表情を浮かべているのを見ると、本当に素敵なお医者さまだと思う。

 患者さんで、和也くんを好きになっちゃう人とかいないのかな? この間の待合室の感じからすると、お年寄りが多かった気がしたけど。
< 24 / 156 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop