溺愛全開、俺様ドクターは手離さない
「瑠璃、帰るなら送って――」

「和也くんは、それでいいの? このクリニック好きだったよね?」

 一緒に働いた時間は短かったけれど、誰よりも患者さんに真剣に向き合っていた。すべての患者さんの話に耳を傾けて、少しでも早く快方に向かうようにと治療していた。

 そんな背中を見ていたから、わたしは和也くんが納得しているとは思えなかったのだ。

「なんだよ。この間俺に、実家の病院に戻らないのかって聞いたのおまえだろ?」

「でも、あのときは否定したのに」

「状況が変わったんだよ」

 そう言って和也くんは自動販売機に硬貨を入れて、わたしにはミルクティーを自分にはコーヒーを買った。

 待合室の長椅子にふたり並んで座った。そしてもらったミルクティーを一口飲むと和也くんの言葉を待った。

「俺が実家の病院を継がなかったのは、姉のためだ。姉は俺から見るとすごい努力家で、なんでも真面目にやるタイプだ。だから医者の娘に生まれて、医者になるべきだとずっと思い込んでいた。本人も努力したけれど、でもどうしても医学部に合格できなかったんだ。浪人したけれど、俺が先に合格したその年に、医師になることを諦めた」

「それは……」

 和也くんはなにも悪くない。けれどものすごく気まずい思いをしただろう。

「俺は……正直親が言うから医学部に進んだ。本当にそれだけだった。だからあんなに努力した姉が報われなかったことにむなしさを感じたし、こんな俺が医師になっていいのかって悩んだんだ。それがお前とはじめて会ったあの頃だな」

「そうだったんだ……」

 あのときわたしも自分のことで精一杯だった。だから和也くんが悩んでいたなんてことまったく気がつかなかった。

「瑠璃は強いよな。大事なものを失った後も新しい目標を作って努力して叶えて。たとえ動機がなんであれ、そうやって前向きなお前を見て、自分も医師という仕事に真剣に向き合うことにしたんだ」

「そんな……」
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