ガラスの靴の期限

 どうしてこうなった。
 なんて、考えるまでもなく早々に酔い潰れ、ソファーの上でひっくり返った蛙みたいな体勢でぐーすかぴーすかのんきに寝ている男、貴明のせいだろう。
 実家が隣同士。故の幼馴染みであり、大学どころか就職先さえも一緒という腐れ縁のこの男が「俺ん家で飲もうぜっ!」と普段通りの誘い方をするものだから何の疑いも抱かなかったが為に味わうはめになった最悪との再会。
 貴明が何をしたかったのか、何となく予想はつく。普段よりも早いペースで酒をあおり、相槌しかうたない俺と目の前のクズ野郎とをどうにか会話させようとしていたのを見れば、そんなものは一目瞭然だった。腐れ縁と一言で片付けたけれど、クズ野郎との事は最初から最後まで包み隠さず貴明には話していた。だから、なのだろうけれど、残念ながら俺は和解なんぞ微塵も望んでいない。
 昔の事は水に流して?いや無理だろ。どう足掻いても無理だ。

「……帰るわ」

 ため息をひとつ吐き出してから、ぽつり音をこぼす。すると何故か、向かい側に座っているそいつの肩がびくりと揺れる。
 そんなびくつくなら何で来たんだ。俺と違って、お前は俺が居るって知ってたろ。
 声にはせず、けれども視線にそれを混ぜ込んでからじとりと睨み付ければ、記憶の中よりも少しだけ大人びたそいつがそこには居た。
 六年。長いようで短い。けれど、人の外見を自然に変えるには十分な年月。

「っゆず、る!」
「あ?」
「か、えらない……で、」
「は?」
「ごめん、」
「……」
「ごめん」
「……離せ」
「……嫌だ」

 立ち上がった俺の腕を掴んで離さない無骨な手。記憶の中の、どこの誰とも知らない女と繋いでいたあの時よりも長くなった指と大きくなった手のひらに引っ張られて、体勢が崩れた。
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