ガラスの靴の期限
あー……くそ。
手をあげてしまった事に申し訳なさを覚える。けれどそれは、ほんの一瞬でどこかへと消えた。
「……んで、お前が泣くんだよ、」
殴った事は詫びよう。そう思って口を開くも、少しだけ持ち上がったクズ野郎の顔が見えるなり、脳内にあった言葉とは違うものが出てきた。
ぽたり、ぽたり。頬を伝うそれは、重力に逆らえずラグへと落ちて染みていく。
「っゆず、る、」
何で、泣かれなければならない。
「……ごめ、ん、なさい、弦、お願い……許して」
何で、そんな顔をされなければならない。
「好き、」
「……あ?」
「好きだよ、今でも、」
「……だから何だよ」
「っ……諦め、られないんだ、ごめん、弦、俺っ、」
「…………っせえ」
「お前が、好きだっ」
「っるせえ!黙れ!喋んな!」
やめろ、裏切ったのはお前だろ。
お前は、お前は!女のがいいんだろうが!
「……ゆずっ、る」
吐き出したい。けれど、吐き出したところでどうにもならない、なれやしないそれを静かに噛み砕く。
冷静さを取り戻そうとゆっくりと息を吐き出せば、ぎゅ、と数分前にベルトの一件で巻き添えを食らい乱されたシャツの裾を掴まれる。固く握りしめるその手を一瞥し、それの持ち主へと視線を向ければ、変わらず涙を流し続けている瞳とぶつかった。
焦燥に渇望。落胆も混ざって見えたそれらに、ふとよからぬ思考が頭をもたげる。
「…………ゆず、っる、」
今この場で確固たる拒絶を見せたとしても、きっとこいつは、たださめざめと泣くだけなのだろう。