ガラスの靴の期限

 人は、全く同じ経験をしても、その時に自身がおかれている境遇によって感じるものが異なる生き物だ。
 もう後がないと言わんばかりにすがり付くこいつの手を振り払うのは酷く簡単だ。けれどそれをしたところで、こいつにとってはただ辛い気持ちが少し増えるだけだろう。
 そう、ほんの、少しだけ。
 六年前のあの日。幸せの中で微睡んでいた俺を絶望させ、奈落へと落としたくせに。それなのにこいつは、ほんの少し辛くなるだけ。
 そんなの、不公平だろ。
 何に対してそう思ったのか、自分でもよく分からない。よく分からないのに、自分がこれからしようとしている事と、それがいかに非道な所業かという事は、嫌というほど理解していた。

「……んなに、俺が好きかよ」

 許す気など毛頭ない。だから、だろう。加虐趣味などないけれど、こいつだけは、とことん苦しませて、悲しませて、奈落の底に突き落としたい。

「っ、好き、好きだよ、」
「……どうだか。他の奴にもそうやって尻尾振ってんだろ。どうせ」
「そんなことしてない!」
「……」
「ゆずっ、る、だけ、」
「……口じゃ何とでも言えるだろ」
「……っ、どうしたら、」
「あ?」
「どうしたら、信じてくれる……?」

 その為にはまず、突き落とせるくらいの高さまで、こいつを連れていかなければ。
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