あの丘で、シリウスに願いを
一方。時間は少し戻って北山と水上がバーのドアをくぐった頃。

まことは、本日の勤務を終えて病院を出た。

ここは、毎日が拷問だ。
あれほど心震えたベリーヒルズの風景は、全て無彩色に見えた。
わずか一夜のとびきり幸せな翔太との思い出が、まことを苦しめる。

自分で思っていた以上のダメージだった。
忘れようとしても、忘れられない。ベリヒルのレジデンスを見るたび、ショッピングモールを通るたび、そして何より『シリウス』を手にするたび、一条翔太を思い出して胸が苦しくなる。

今頃、誰と付き合っているのだろう。仕事は相変わらず忙しいのだろうか。ナナちゃんのお世話はちゃんとできているのだろうか。たまにはベリヒルの自宅に戻ってきたりするのだろうか。

翔太のいない日々を過ごす中で、まことには小さな願いがあった。もしもチャンスがあれば彼に提案したいと考えている願い。胸に秘めたその小さな願いが、まことをベリヒルにとどまらせていた。

だが、現実としてもう二度と交わることはないだろう。もともと住む世界が違う人なのだ。
このままじゃだめだとわかっている。仕事にも身が入らない。
願いなど捨てて、地元に帰ることが頭をよぎる毎日だ。
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