時雨刻
…以来、わたくしはここにおります。

あの方がそうなさいと言ったからです。

わたくしは、友人の事業を手伝うことになったと実家のものに嘘をいい、荷造りもそこそこに、こちらへ来ました。

ええ、わたくしの家人は、確かめたりはいたしません。厄介者の出戻り娘など、居なくなってむしろ清々しているのです。


これでわたくしのお話はおしまい、と言いたいところですが…


実は、これで全てではありません。


罪深いわたくしにも、後日、鉄槌がくだされました。


恐ろしいその出来事から、数日が経ったある夜のこと。

あの方はわたくしに、あるものを差し出しました。
あの方が手にしたものを見て、わたくしは驚愕いたしました。

それは、恐ろしいもの_____
奥方様が振りかざしていらっしゃった鞭でございました。

そうして、仰ったのです。
"さあ、今度は君が、これでボクを打っておくれ"

束ねられた持ち手から、無数に蔓が延びております。
よほど古くから遣い込まれているのでしょう、持ち手の皮がところどころ禿げたそれは、見るからに禍々しい邪気を放っています。

わたくしは、それをまじまじと見、さめざめと泣いて言いました。

"出来ませんわ、そんなこと"

するとあの方は、首を横に振り、申します。

"君はボクのパートナーを、壊してしまった。だから今度は君が替わりをしなくてはいけない"
と。
それから、わたくしの身体を後ろから抱きしめ言います。

"いいかい、君は恐ろしい罪を犯しているのだ。もう、ここにしか居場所はない。ボクの言うことをきくほか、生きる途はないのだよ"

…わたくしは観念いたしました。
手渡された持ち手を握り、ふるえる手で、ぴしゃりとあの方の肩を打ちました。

白い肌がぴりっと裂け、彼岸花のような血が飛び散ります。

あの方の瞳に、狂気に満ちた恍惚が浮かびました。
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