溺愛音感
「それで、マキくんの用事は無事に済んだの?」
「ああ。当分、突発的な案件で振り回されることはないだろう」
「ふうん……?」
「その代わり本業が忙しくなりそうだ。月曜からは、出社しなくてはならない」
「ふうん……」
なんでもない風を装ったけれど、きゅっと喉の奥が締まるような感じがした。
家族だって恋人だって、休日でもないのに一日中一緒にいるなんてことはない。
お互い、別々の場所で別々に過ごし、相手が何をしているか知らないのが普通だ。
これまでが、イレギュラーだっただけ。
これからが、スタンダードになる。
でも……あの広い部屋にずっと一人でいるのは寂しいと思ってしまう。
「できれば昼は家に戻ってハナの餌の用意をしたいが、毎日は無理かもしれない」
「そんなのいいよ。お昼くらい、自分で作るし」
「作る? お湯を注ぐだけだろう?」
図星を指されてギクリとしたが、一応反論しておく。
「え……や、茹でる、混ぜる、とかくらいは……するよ」
「順調に増えた体重が減っては、計画が狂う。昼は、朝に弁当を作っておくからそれを食べろ」
「お弁当? マキくん、お弁当も作れるのっ!?」
インターネットで日本の文化を勉強していた時に見かけた、豪華なお花見弁当を思い浮かべ、ごくりと唾を飲む。
(お弁当……マキくんの手作り弁当……ぜったい美味しい……)
「ハナ?」
「え? あ、でも無理はしないで」
「時間が作れそうな時は、待ち合わせてランチを一緒にしてもいいだろう」
「うん」
「ところで……この近くには水族館もある。行きたいか?」
「水族館……行ったことないかも」