溺愛音感


雪柳さんは小さな溜息を吐いて、首を振った。


「わからない。柾は、どんな時でも弱音や愚痴を言わないからな。家族にも」

「家族にも? でも、だって、家族を大事にしてるって……」

「アイツは、父親に代わって、『KOKONOE』だけでなく、母親や妹も守らなくてはならないと思っているんだろう。頼るのではなく、頼られる存在でいなくてはならないと」

「それじゃあ、マキくんは誰にも……」

「ずっとそうやって生きて来たから、家族にも、友人にも、滅多なことでは頼らないのが当たり前になっている。傍から見ていて、そんな風に公私共にずっと張り詰めた状態では、いつか疲弊してしまうんじゃないかと心配だった。だが……」


雪柳さんは、ちらりとわたしを横目で一瞥し、ふっと笑った。


「最近、ちょっと様子が変わった。いい感じに肩の力が抜けたというか。ハナの前では、『取締役社長』や『長男』ではなく、ただの飼い主でいられるからかもしれないな?」

「か、飼い主って、わたし犬じゃ……」

「お待たせしました! 鴨せいろとざるそば、天ぷら盛り合わせです」

「お、話はあとだ。蕎麦は挽きたて、打ちたて、茹でたてが美味いんだ。喋ってないで、まずは食べろ、ハナ」


注文した蕎麦が運ばれて来たために、「犬扱いしないで!」と抗議するタイミングを逸してしまった。


(くぅう……犬扱いを受け入れたくない……けど、せっかくのお蕎麦、美味しく食べたい……)


話すより食べるのを優先し、コシのある蕎麦を鴨肉の入った汁につけてツルツルと啜る。


「ハナ、天ぷらも食べるか?」


そうこうしているうちに、雪柳さんが美味しそうな黄金色の衣に包まれた天ぷらの中から、大きな海老を勧めてくる。


「天ぷらは揚げたてが美味いんだ。ほら、早く」


(くぅぅ……抗議するタイミングを失いたくない……けど、天ぷら美味しく食べたい……)


葛藤した末、抗議は後回しにし、揚げたての天ぷらにつゆをつけていただく。
サクサク熱々、海老もプリプリで、信じられないくらい美味しい。


(ナニコレ……めちゃくちゃ美味しいんだけどっ!)


< 128 / 364 >

この作品をシェア

pagetop