溺愛音感
「アイツ、小学生の頃には大学受験レベルまでの勉強を既に終えていたらしい。家族と離れたくないから、特別なプログラムのある海外の学校ではなく、普通に日本の学校に通うことを選んだと聞いている」
「……マキくんて……もしかして、天才?」
世の中には、とてつもなく頭のいいヒトがいると聞くことはあっても、身近には見たことがなかった。
「何をもって天才というのかは難しいところだが、頭の回転が速いのは確かだな。こちらの理解が追い付かないせいで、唐突で突飛な行動をするように見える。人の話を聞かないのも……まあ、半分くらいは俺様な性格のせいだが、瞬時に問題の本質を見抜き、相手が出すであろう結論を先読みしているからだ。それが理解できるほど親しくない人間には、ただ横暴で強引なタイプだと思われる」
雪柳さんは、マキくんの高校時代の友人であるだけでなく、妹さんと結婚していたこともあり、家族同然、親しい仲だからよくわかっているのだろう。
天才にも苦労があると苦い笑みを浮かべた。
「それに……いくら能力が高くても、若いというだけで色眼鏡で見る人間は多い」
「マキくんの年齢で社長って珍しいの?」
「ベンチャーや中小ではそれほどでもないが、『KOKONOE』規模だと稀だな。しかも、柾が取締役社長に就任したのは最近の話じゃない。八年前――二十七の時だ。当時の株主総会では、かなり辛辣な意見が多く出た。いまも、万が一業績が低迷でもしたら、徹底的に叩かれるだろう」
「二十七って……どうして? だって……」
(いまだって十分若いのに、二十七歳なんて言ったら……)
松太郎さんが会長で、親族経営なのだとしたら、マキくんのお父さんが社長になるのが順当ではないか。
「柾の父親が会長の逆鱗に触れて、社長を解任されたんだ。柾も、いずれ自分が担うべき責務をある程度は覚悟していたと思うが、予想していたよりは早かったと思うよ」
「マキくんは……」
音楽室にある大量の楽譜に、彼が選べなかった未来を思った。
「本当は、ピアニストになりたかったんだと思う?」