溺愛音感
「ほ、ほんとうにっ!?」
「本当だ。新鮮な野菜の水分だけを使っているから、旨味が凝縮されているな。福神漬けも自家製か?」
「う、うん。ミツコさんに教わった」
「ハナが作ってくれたこのカレーは、いままで食べたどんな料理よりも美味い」
俺様の口から聞く希少価値の嬉しい言葉が、折れかけていた心を支えてくれた。
「あ、ありがと……」
「礼を言うのは俺のほうだ」
「で、でも失敗したし、マキくんにも手伝わせちゃったし……。疲れているマキくんに、食べてもらおうと思ってたのに、意味ない……」
美味しいと言ってくれたのは嬉しいが、不甲斐ない自分が情けなくて、腹立たしくて、涙が出る。
「あんなのは、手伝ったうちに入らない。バカだな。泣くことはないだろう?」
マキくんは、手を伸ばしてわたしの濡れた頬を拭い、いつになく優しい言葉をかけてくれた。
「本音を言えば、包丁を扱うハナを横で観察するのはハラハラして心臓に悪かった。が、一生懸命作ってくれている姿を見たから、よりいっそう美味しく感じるんだ」
「だけど……お手本とぜんぜんちがう……」
「まだ言うか? ハナ。俺は、ミツコではなく、ハナが作ったカレーだから、こうして食べられるんだ。母親や椿以外の女性が作った手料理は食べられないし、食べたいとも思わないんだ。ハナは例外だ」
「え……?」
意外な事実を暴露されて驚く。
歴代の彼女たちは作らなかったのだろうか?
好きな男性のために料理を作りたがる女性は多いはずなのに。
目を瞬くわたしに、マキくんは苦々しい表情で過去に起きたある事件を説明してくれた。
「昔、家に押しかけて来た見合い相手の女が手料理を振る舞うと言い出したんだが、睡眠薬を混入されて、危うく既成事実を作られそうになった。以来信頼できない相手が手を加えたものは、たとえお茶一杯でも一切口にしないことにしている」
(うわぁ……それ、犯罪じゃあ……)
「ちなみに、いつの話?」
「中三だったから、十五歳だな。相手は二十歳だった」
「え」