溺愛音感


「どうした? ハナ」

「な、なんでもない……」

「ヨシヤのところの八百屋は、小規模ながらも品ぞろえがいいらしいな?」

「確かに、いろんな野菜があったかも……」


ほかの八百屋さんがどうかは知らないが、スーパーで見かけたことのない野菜、名前を聞いたことさえない野菜も結構あった。


「椿の働いているカフェもそうだが、商店街の飲食店のほとんどが配達を頼んでいるようだ。高級食材、無農薬野菜なども扱っているから、フレンチやイタリアンの一流料理店とも取引があるらしい」

「お店にも、近所の人たちが買い物に来てて、ミツコさんと世間話をしたりして、楽しそうだった。ミツコさん、マキくんに会いたがってたよ。レシピ教えてもらったとき、一緒にお店に来てねって言われたし……」

「これからもハナが世話になるかもしれないし、ミツコにも会っておかないとな」

「それはそうと……椿さん、カフェで働き始めたんだ? バリスタだって言ってたもんね?」

「本格的に働いているわけじゃない。昔、世話になった店を手伝っているんだ。商店街にある『CAFE SAGE』という店だ」

「そこ……もしかして、雪柳さんが行きつけにしてるお店?」


彼が迎えに来てくれた時の会話を思い出した。


「そうらしいな。椿と出会ったのも、その店だと聞いた」

「へぇ……ひと目惚れ、とか?」


スマホで見せてもらった写真を思い返しながらそう言うと、マキくんは首を振って否定した。


「蓮は、相手の容姿にこだわらない男だから、それはないだろ」

「は? マキくん何言ってるの? 椿さん、美人でしょ?」 


写真で見た彼女は、どこからどう見たって美人だった。


「椿は、美人ではない。あれは……チワワだ!」

(チワワ……みたいにかわいいって言いたいんだよね? マキくん……重症……)


椿さんと雪柳さんの復縁を喜んではいるものの、相変わらず複雑な心境なのだろう。
シスコンをこじらせているマキくんに呆れる。


(今度、こっそり椿さんの働くカフェに行って、実物を見てみようかな……)


もしかしたら、デレデレしている雪柳さんを見られるかも……と思いかけ、ハッとした。


「そういえばっ! マキくん、なんで雪柳さんにお迎え頼んだの? っていうか、どうしてヨシヤの家を知ってたの?」

「蓮からちょうど電話があって、『ミツコカレー』を知ってるかと訊いた話の流れだ。帰宅するところだと言うから、ピックアップを頼んだ。ヨシヤと美湖とは、ハナに何かあった時、迷子になった時のために連絡先を交換した」

(い、いつの間に……。まさか、GPSで行動把握されてるとか、探偵に尾行させているとかは、ないよね?)


その気になれば、何でもできてしまうお金も力もあるマキくんだ。
隠し事なんてできそうもないと思い、ギクリとした。


(も、もしかして、メーガンさんと会ったこともすでに知られていたり……する?)


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