溺愛音感
母から話が漏れることは想定していたが、雪柳さんから漏れる可能性もあることをすっかり見落としていた。
お蕎麦を奢ってもらった後、マキくんがメーガンさんのことを訊ねることもなかったし、雪柳さんが迎えに来てくれた時もその話題にはならなかった。
マキくんには話していないのだろうと勝手に思っていたのだが……。
「あのう、マキくん。雪柳さんからの電話って……仕事の話?」
恐る恐るたずねるわたしに、マキくんはあっさり「ちがう」と言った。
「蓮には、椿の様子を定期的に報告させているんだ」
「…………」
(定期的にって……業務連絡じゃないんだから、おかしいよねっ!? 雪柳さん、こんなひとが義兄だなんて、イヤじゃなかったのかな……。付き合っていたときとか、結婚したときとか、嫌がらせされなかったのかな……)
シスコンの義兄に絡まれたんじゃないかと想像していたら、二巡目を食べ終えたマキくんが、やけに嬉しそうな表情をした。
「ハナ。食べ終わったら、まずはシャンプーだな。一週間ぶりだから、念入りに洗わないと……」
(ね、念入りっ!?)
「そ、そんな必要ないっ! ちゃんと自分でお風呂入ってたしっ!」
「本当かどうか、確かめる必要があ……」
「ないっ!」
食い気味で拒否すれば、マキくんはにやりと笑った。
「そうか。空港限定の△△堂の抹茶せんべいは、いらないんだな?」
「えっ! それって、限定三十個のっ!?」
△△堂の抹茶せんべいは、空港に入っている店舗でしか販売されていない人気のおせんべいだ。
一日限定三十個。
朝一で並ばなくては手に入れられないし、三十枚入りの箱一つで三千円ちかくもする。
わたしにとっては、高嶺の花どころか、天上の花だった。
「おやつは、シャンプーの後だ」
「…………」
(うぅ……いい加減、シャンプーされるのやめたい。けど、おせんべい……抹茶……空港限定……三十個……)
「そんなにシャンプーがイヤなら、抹茶せんべいはカレーのレシピを伝授してくれたミツコにでも……」
「えっ」
(それはないでしょぉっ!)
「ん? どうした? ハナ。シャンプーされるのがイヤなんだろう?」
白々しい笑みを向けるマキくんを睨み……
「い、い……イヤ……じゃない」
プライドより、食い気が勝った。