溺愛音感


「どちらか一方を選ぶなんて、できなくて当然なのよ。どちらも必要なのだから」

「でも、音羽さんは……」

「ハナ」


両方を選ぶなんて、できない。
だから、母はピアノを選んだのだろうと言いかけたわたしの言葉は遮られた。


「探しなさい。どちらも手放さずに済む方法を。柾さんにも、手放せない大事なものがある。だからこそ、わかり合えるはずよ。素直な気持ちで話し合いなさい。他人が正しいと思う道ではなく、あなたたちふたりが幸せになれる道が正しいの」


そんな都合のいい道が本当に見つかるのだろうか。
不安と期待に心が揺らぐ。

母は、わたしの揺らぐ心を見透かして、柔らかく微笑んだ。


「念のため言っておくけれど、あなたたち二人が幸せになれる道は、誰かが作ってくれた道ではないわよ? 二人で、これから作るの。舗装なんかされていなくて、凸凹で、曲がりくねっていて、雨が降ればぐちゃぐちゃになって、日照りが続けば埃が舞って、歩き難いことこの上なくて。でも、そこでしか出会えない景色をたくさん楽しめる。そんな道になるはずよ」


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