溺愛音感
(和樹……どうして……)
「リクエストは、受け付けている?」
声も出ず、ただ頷くことしかできない。
「じゃあ……モンティ『Csárdás』を」
(えっ!?)
ヴァイオリンケースに落とされたのは、十ユーロ紙幣。
リクエスト曲も、チップも、彼が初めてわたしと路上で出会った日と同じだった。
「弾けない?」
首を振り、ヴァイオリンを構え直す。
彼が何を考えているのかは、わからない。
けれど、いまのわたしは路上で演奏するミュージシャンで、彼は通りすがりの観客。
それ以上でも、それ以下でもない。
リクエストされたなら、全力で弾くだけだ。