溺愛音感



いまのわたしには、一年前にはなかったものがある。

だから、尻尾を巻いて逃げ出したりなんてしない。

恋愛も結婚も、もういいと思っていた。

ヴァイオリンだって、もう誰かに聴いてもらえないと諦めかけていた。

でもいまは、器用に気持ちを切り替えられず、未練たっぷりにあがき続けていてよかったのだと思う。

そうでなければ、わからなかったことがある。

そうでなければ、出会えなかった人がいる。


その気もないくせに、事あるごとに「結婚」を口にして。

お見合いを強引に推し進めて。

強引に同居させて、さんざんわたしを甘やかし、世話を焼き。

心に入り込み、居座って。

どう頑張ってもその存在を消せないくらいに、刻み込んで。

そんな真似をしておきながら、不確かな未来に怖気づき、自分のいない人生をひとりで歩めと突き放す。

勝手で、強引で、横暴で。
どうしようもないくらいに俺様だ。

でも本当は、寂しいのは苦手で。

ひとりぼっちで暮らすのはイヤで。

暑苦しいくらいの愛情を注げる家族がほしくて。

そのくせ、自分の幸せより、相手の幸せを思って我慢する。

頑なに、自分の気持ちを言おうとしない。

素直じゃない。

完璧そうに見えて、完璧じゃない。

欠点もあるし、弱いところもある。

でも、だからこそ愛おしい。

絶対に、手放したくない。

ほかの誰かと歩む未来なんて、ちっとも思い描けない。


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