溺愛音感
お嬢様らしくない、やや乱暴な花梨さんの物言いに、思わず噴き出した。
そして、笑いながら、なぜか泣けてきた。
「どうぞ使って」
そっと手に握らされたのは、これぞお嬢様の持ち物というべきレースのハンカチだ。
「……ありがとうございます」
「今回のこと、柾さんはどうにかして食い止めようとするでしょうけれど、全部は無理だと思うわ」
「そうですね」
「意外と冷静ね?」
「一度経験しているので。それに、いまのわたしには失って困るような評判や仕事は何もないですし。むしろ、マキくんの迷惑になるんじゃないかってことが心配です」
「迷惑になるほどではないと思うけれど。彼は、れっきとした独身なのだし、自由に恋愛する権利があるわ。気になることがあるとすれば、企業イメージかしらね。家具は、結婚や幸せな家庭生活と関連性があるし、トップである人物がステキな家具に囲まれて、ステキな暮らしを送っているというイメージは、多少なりとも必要でしょう」
「ステキな暮らし……」
ドラマに出てくるようなおしゃれな生活を思い浮かべようとして、即座に諦めた。
マキくんとの暮らしを振り返っても、ごくごく普通の暮らしだ。
セレブ的な要素は、高級食材が食卓に上ることと贅沢なバスルーム以外に思い付かない。
「彼の場合、いかにも女性にモテそうだし、年齢的にも『恋人』より『家族』と暮らしているほうが、プラスのイメージになるかもしれないわね」
「家族……プラス……」
花梨さんの言葉に、とある解決策が閃いた。
(上手くいけば、ぜんぶをひっくり返せるかも……)
お金を払って、可能な限り記事を差し止めることはできるかもしれないし、記事を書いた人間を訴えて、内容を訂正させることもできるかもしれない。
でも、そんなことをしても、一度バラ撒かれた情報を完全に消し去るのが不可能なことは、イヤというほど知っている。
きっぱり否定しても逆効果。
黙っていても、鎮静化するまで時間がかかる。
一番いいのは、認めることだ。
ただし、好き勝手に書かれた内容を認めるのではなく、こちらの意図したものに上書きする必要がある。
「いずれにしても、柾さんがどう対応するつもりなのか、様子を見るしかないと思うけれど……」
「マキくんひとりに任せたりしません。これは、わたしのことだから。わたしが何とかします」
かつてのように、為すすべもなく傍観するのではなく。
ムキになって反論するのでもなく。
伝えたいことを、伝えたい人に届ける。
それは、当事者であるわたしにしかできないことだ。
「何かいい考えがあるみたいね?」
花梨さんは、形のいい眉を引き上げて、わたしの顔を覗き込む。
「いい考えかどうかはわからないですけど……」