溺愛音感
「……子ども?」
「病院には行ってないけど、検査薬で陽性だったの! 生理もかなり遅れてるし、まちがいないと思う」
「…………」
(ここまで言わないとわからないって、どういうこと?)
ここ最近はすれちがい具合が激しくて、マキくんはわたしをシャンプーする機会を逃していたため、身体の変化に気づかなかったのだろうけれど、子どもができるようなことをしている自覚がなかったのだろうか。
「柾。何か、言ったほうがいいぞ。ただし、馬鹿なことは言うなよ? 注目の的だ」
雪柳さんの言葉で、ハッとしたように辺りを見回したマキくんは、自分が社員たちの好奇の目にさらされていることにようやく気づいた。
「ハナ、なんでそんなことをこんなところで言うんだっ!」
動揺したのかもしれないが、あんまりな言われように言い返さずにはいられない。
「マキくんが言えって言ったんでしょぉっ!?」
「だからと言って、鵜呑みにすることはないだろうっ!」
雪柳さんは、支離滅裂なマキくんの言い分に頭を抱えている。
もはや、優しく宥めようなんて気にはなれないわたしは、マキくんを問い詰めた。
「言いたいことは、それだけ? ほかに言うことないの? 嬉しくないの?」
失言を悟ったらしいマキくんは、アンバーの瞳を伏せて首を振り、ぽつりと呟いた。
「……嬉しい」
「ちっとも嬉しそうに見えないんだけど」
「――っ!」
ギッとわたしを睨んだマキくんが、腕を伸ばす。
「ひゃっ……んっ」
軽々と抱き上げられ、それこそ「こんなところで何をするのだ」と言おうとした唇を塞がれる。
喜びのあまり、というより欲求不満のあまりじゃないかと思われるような、濃厚なキスに頑なになりかけた心も、長旅で強張っていた身体も緩み、解けていく。
ふと目を開ければ、アンバーの瞳がすぐそこにある。
そこに映っているのは、呑み込まれてしまいそうなほどの深い感情。
どんな言葉を吐こうとも、どんな冷たい態度を取ろうとも、隠し切れない感情だ。
ほどよくなんて愛せない。
ただ愛するだけでは足りない。
溺れるほどの愛を注がれて、
たとえ、その愛で窒息することになったとしても、
きっと、わたしは幸せだ。
溺愛音感(完)


