溺愛音感
クリスタルのグラス。高価なシャンパンにワイン、見たこともない料理。
入り混じる香水の匂いに、財力を見せびらかすための宝石たち。オーダーメイドの衣装。
華やかできらびやかな会場に満ちる、優雅な音楽と冷ややかなまなざし、そして……嘲笑。
『高価なものを身に着けても、育ちが透けて見えるわね』
『どこのドレス? まさか、蚤の市で買ったのかしら』
『彼女に格調高い音楽を奏でられるかって? 一生かかっても、無理だね』
『実力なんか関係ないさ。物珍しければ、人気が出る』
『世間は、お涙頂戴のストーリーが好きだ。父親と母親、貧しい幼少時代のエピソード。話題には事欠かないだろ? 自伝でも書いたほうが、儲かるんじゃないか?』
『あんな安っぽい演奏、せいぜい路上がお似合いだ』
やっとの思いで築き上げた防御壁は脆くも崩れ、頭の中が真っ白になる。
『a piacere』
無音の世界に、低い囁きが聞こえた。
『Suona, alla Hanna』
ずっと昔に父がくれたのと同じ言葉。
ハッとして見上げるとアンバーの瞳が、じっとわたしを見つめていた。
温かく、優しいまなざしは、自分が愛され、慈しまれているのだと勘違いしてしまいそうだ。
(どうして……そんな風に見つめるの?)
そう訊ねようとした矢先、とんでもない暴言が形のいい唇から飛び出した。
「とりあえず、その口紅はやめろ。子どもがいたずらして塗ったようにしか見えない」
「…………」
何が起きたのか理解できないまま、去って行く広い背中を見送りながら抱いた感想は……
(……ナニサマよぉーっ!?)