捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
 昼になった。

 佐渡谷さんとの約束の時間に休憩になるよう、敦子が取り計らってくれた。
 そんなこと、無理しなくていいのに。なんだか余計に構えちゃう。

 妙な緊張を抱き、ロッカーにエプロンをしまって外へ出た。

 うちの料理教室は一面ガラス張り。今日はとてもいい天気だとわかっていたけれど、やっぱり実際外に出ると心地いい日差しや温かな風、春の香りを感じられる。

 待ち合わせ場所は、信号をひとつ渡って角を曲がったおしゃれなカフェ。

 私は職場を出て約五分でカフェの前にたどり着く。
 ガラス越しにタブレットを眺めている佐渡谷さんを見つけ、急いで入店する。

「こ、こんにちは」
「やあ」

 私が声をかけると、彼はすぐに手にしていたタブレットを鞄にしまった。私は自分の所在がわからず、そわそわとして口を開く。

「お待たせしてしまいましたか? すみません、すぐに出られなくて……」
「いや。大丈夫。宇川さんは、今どのくらい時間あるの? 昼は?」

『宇川さん』と呼ばれるたびにドキッとする。

 原因は呼ばれ慣れていない人だからっていうのもあるけど、今日の場合、敦子が余計なことを並べ立てていたせいだ。

 私は動揺を押し隠し、笑顔を作って答える。

「今は休憩中なので、一時間弱くらいは……。昼は仕事で軽く食べて」

 そのとき自分の腹部から、きゅるる……と高い音が鳴った。さほど大きくない音だったとはいえ、佐渡谷さんは座っているのもあって音の出どころに近い。絶対に聞かれたに違いない。

「こ、これは、その」

 私は堪らず顔を真っ赤にして俯いた。

「もしよければ、このまま食事に付き合ってくれないか?」
「えっ」

 佐渡谷さんの誘い文句に驚き、頭を戻す。彼は私を見て優雅に微笑み、向かい側の席を手のひらで示していた。
 私はなんだか断るのも気が引けて、おずおずと椅子に手を伸ばす。

「じゃあ……失礼します」

 佐渡谷さんの向かいに腰を下ろすと、開いたメニューをスッと差し出された。

「なにがいい?」

 私はメニューに目を落とし、軽く眉根を寄せて「うーん」と唸った。

 実は、このカフェは以前から気になっていた店。職場から近いわりに、なかなかタイミングがなかった。

 きっとまた、ここでランチする機会を待てばしばらくあとになりそうだと思うと、オーダーするメニューに慎重になる。

 私は悩んだ末、魚のフリットがメインの写真に指を置いた。

「ランチプレートBにします」
「わかった」

 佐渡谷さんはさりげなく腕を上げ、スタッフを呼んでオーダーを済ませる。スタッフがテーブルから離れ、再びふたりになるとどうもそわそわしてしまう。

 ふと、両手で持っていた紙袋の存在に気がついた。
 テーブルの上に置いて佐渡谷さんに差し出す。
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