捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
「あ、あの。これ……お礼です。お口に合えばいいんですけど」
「ああ。どうもありがとう」

 穏やかな声色でお礼を言われ、ドキッとする。私は彼の顔を直視できなくて、またもや俯いた。

「いいえ。こちらのほうこそ、いろいろとお世話になりました」

 下げた頭を元に戻したあと、少しの間沈黙が流れる。

 どうしよう? なにか話したほうがいいんだろうけれど、すぐには思い浮かばない。仕事中はいくらでも話題なんて出て来るのに。

 まあ、いつも女性相手だから、こんなふうに男性と過ごすとなるといつものようにはいかないみたいだ。しかも、こんな眉目秀麗な人……。自分の視界に映すだけでも緊張する。

 ただ座って飲み物を口にしているだけの姿が絵になる男の人。
 これまで出会ったこともないし、そりゃあ気持ちも落ち着くわけない。

「料理が好きなんだ」

 私がどぎまぎしている間に、佐渡谷さんのほうから会話を投げかけられた。
 私は姿勢を正し、まるで面接かという感じで答える。

「あ、はい。取り柄はそのくらいで」
「料理が取り柄だなんて十分じゃないか。調理学校に通ってたり?」
「そうなんです。調理専門学校へ行ってました。勉強はあまり得意じゃなかったので、専門学校は楽しかったです」
「はは。なるほどね」

 言葉を重ねる度、徐々に緊張がほぐれていく。私にとって話しやすい内容の会話だからかもしれない。

 私はさらに口を開いた。

「私が通っていた専門学校の近くには有名大学があるんですけど、雰囲気からして自分とは違うなあって眺めてました」

 私の出身は山梨県だ。そこから、選んだ進学先が東京の調理学校で、何度かオープンキャンパスやイベントなどで東京に訪れた。

 その際、利用した最寄り駅からは、国内で一、二を争う有名な国立大学がすぐそばにある。受験前から合格後、通学するときにはそこの大学生を多く見てきた。

 不思議なもので、頭脳明晰な人って理知的な顔立ちをしているなあと感じていた。

 正面に座っている佐渡谷さんを、ジッと見つめる。
 佐渡谷さんも、落ち着いた佇まいや涼し気な目元、無駄のない話し方から聡明な人だと思う。

 ついうっかり佐渡谷さんを観察していたら、彼の血色のいい唇が弓なりに上がり、笑い声が聞こえてきた。

「それは宇川さんの思い込みだと思うけどね」

 楽しそうに眉尻を下げる表情に、私はまた釘付けになる。
< 27 / 144 >

この作品をシェア

pagetop