捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
「でも案外平気なんです。もちろん食べることは好きですけど、私はどちらかといいうと、食べてもらえるほうに喜びを感じちゃって」

 そう思うようになったのがいつからだったか、もうわからない。

 気づけば自分が作ったものを食べてもらうのがうれしくなってた。
 それは今も変わらない。

「『美味しい』って笑顔を見せてくれるのって、私たちが生活する中で一番シンプルな幸せのかたちだなって思うんです」
「なるほどね。そんな無邪気な笑顔見れば、うれしくなるわけだ」
「え……?」

 つい自分の気持ちを語るのに夢中になっていて、正面の彼のまっすぐな視線に気づくのが遅れた。
 彼は手にしていたナイフとフォークを一度置いて、おもむろに頬を緩めた。

「他人の幸せを語る今のきみも、すごくいい表情してるよ」

 褒められて照れたのもあるけれど、それよりもクールな印象が強い佐渡谷さんが、とびきり柔らかな笑顔を見せたことに衝撃を受けた。

「宇川さんは小食なほうだったりする?」

 ポーッとしていた私は、我に返って慌てて答える。

「えっ!? あー、いや……結構食べます」
「よかった。それじゃあ、これ。よかったら少し分けるよ」

 そう言って、佐渡谷さんは自分のプレートから切り分けたチキンステーキを私のプレートに移す。

 私はしどろもどろになった。

「い、いえ! そんな!」
「職業柄いろんな味を試してみたいんじゃない? さっき迷ってたみたいだし」
「あ……」

 さらりと口にされ、度肝を抜かれた。

 彼の言う通り、さっき私はメニューを見ながら魚と肉で迷っていたのだ。そこまで気づかれていたら、今さら取り繕う必要もないだろう。

「ありがとうございます。気づかれちゃってたなんて恥ずかしいなあ。普段から観察力に長けてらっしゃるんですね」
「いや、きみがとても難しい顔をしてメニューを見ていたから気になって」

 いったい私はどんな顔していたんだか。
 想像するのも恥ずかしくて、それ以上考えないようにした。

 羞恥心をごまかすように、佐渡谷さんに笑顔を振りまいて箸を持つ手を動かす。

「あの、私のものもよければ」

 この対応が合っているかわからなかったけど、流れ的に伺ってしまった。しかし、なんの心配もないくらい、佐渡谷さんはあっさり受け入れてくれる。
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