捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
 約三十分後。

「佐渡谷さんっ。ダメです。ちゃんと払いますから」

 カフェを出た直後、私は財布を手に佐渡谷さんの背中を追いかけていた。

「いいから。お礼のお礼ってことで。俺が誘ったんだし気にしないで」

 佐渡谷さんは、私がさっき渡した紙袋を私に見せるようにしながら言い、続けた。

「それより時間ギリギリじゃないか? 俺の昼に付き合わせて引き留めて悪かった。間に合う?」
「あ、はい。急げばなんとか。ここから目と鼻の先なので」

 腕時計を見れば、本当に時間ギリギリ。ランチ代金の支払いの件をきちんとしたかったけれど、ちょっと時間が足りない。

 私は仕方なく、彼の厚意を受け取ることにした。

「すみません……ごちそうさまでした。会社までお気をつけて。では、失礼します」

 深々と頭を下げ、踵を返した瞬間。

「ごめん。やっぱり待って」

 手首を掴まれ、目を剥いた。私は足を止め、佐渡谷さんを振り返る。

「俺の連絡先教えておく」
「え?」
「またなにかあったとき、あのデータ役に立つだろ。今渡してもいいけど、ああいうものを自分で持っているのも嫌だろうし」

 彼はすらすらと説明して、内ポケットから名刺を取り出した。そして、それを私の手に握らせ、真剣な眼差しを向けてくる。

「……っていうのは建前で、きみとの時間がとても有意義なものだったから。もう少し話をしてみたいと思ったんだ」

 私は彼の精悍な目を見て、胸が大きく鳴った。

「時間のあるときでいいから。連絡待ってる。じゃ、仕事頑張って」

 佐渡谷さんは一方的に言い残し、颯爽と去っていく。

 私は彼のたくましい背中を茫然と見送り、彼の姿が見えなくなってから手元の名刺に目を落とした。

七井(なない)物産……本社、常務……? ええっ!」

 七井って、あの不動産や銀行、製紙会社に放送局まで傘下にある七井グループ?
 七井物産もグループに属する大手総合商社だったはず……。
 そんな大きな会社の常務って。

 私は名刺から視線を上げ、もう一度彼が去っていった方向を見た。

 佐渡谷さんの正体に驚愕する反面、彼のこれまでの堂々とした立ち居振る舞いを思い返し、納得もした。
< 31 / 144 >

この作品をシェア

pagetop