捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
 その日の夜。帰宅してから、私はしばらくスマホと睨めっこをしていた。

 ローテーブルの上には、佐渡谷さんの名刺。

「はあ~」

 ため息とともに両手で持っていたスマホをテーブルに戻し、大きく項垂れる。

 あれから、職場に戻ったあとの話だ。

 当然、敦子が佐渡谷さんとの時間はどうだったのかと聞かれた。
 一緒にランチまでして、休憩時間ギリギリに戻ったのもあり、敦子の顔には『絶対なにかあったでしょ』と書いていたから誤魔化せなかった。

 まあ、隠すようなことはなにもなかったし、私はありのままを伝えた。
 そうしたら、敦子は大きくさせた目をキラキラさせて、『絶対今夜中に連絡しなよ!』と強く念押しされたのだけど。

 確かに、別れ際にお礼は伝えても、改めてメッセージを送ったほうがいいかもしれない。でもなあ……。

 ――『もう少し話をしてみたい』

 脳内で彼の艶やかな声が再生される。

 あれはいったいどういう意味合いで言ったんだろう。まさか、取り立てて魅力があるわけでもない私に興味を引かれたわけじゃないだろうし。

 テーブルに頬を乗せ、名刺を指で摘まみ上げる。

「七井物産……常務」

 この先の人生、ここまで立派な肩書きの人とかかわることもないだろうな。最初で最後と思えば……。

 私はむくりと上体を起こし、スマホを取った。

【宇川です。今日はお礼のためにお会いしたはずが、逆にごちそうになってしまいすみません。ありがとうございました】

 そこまで打ち終えて、入念に文章を確認したら、勢いをつけて送信する。
 送信済みのショートメッセージ画面を一瞥し、すぐにスマホを伏せた。
 その直後、着信音が鳴り始める。

 私は動揺したまま、電話に出てしまった。
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