捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
「宇川さん? なんか最近顔色悪いんじゃない? 夏バテ?」
「あ……すみません」

 ホールマネージャーに言われ、私は懸命に笑顔を作った。

 実際、指摘された通り、ここ最近体調が芳しくない。
 もともと暑いのが苦手ではあるが、熱中症だとか脱水症状には気をつけているし、一度もなったことはない。

「外は炎天下で店内は冷房きいてるしね。今、ホール落ち着いてるし少し休んできていいよ」
「すみません。ありがとうございます」

 申し訳ないと思いつつ、本当に調子が思わしくないので厚意に甘えさせてもらった。
 私はホールから下がり、休憩室へ向かうためパントリーを歩く。

 なんだろう、これ。具合悪いっていうか、気持ちが悪い。そういえば最近食欲もない。本当に夏バテかも……。

 原因を考えてもピンとくるものはない。ストレスという線もあるけど、正直ストレスというならひと月前がピークだったはずだし。

 俯いて早歩きでパントリーを抜ける直前、厨房から油のにおいが漂ってきてグッと堪えた。
 最後は走って休憩室に飛び込む。室内の小さな冷蔵庫から自分の飲み物を取って口に含み、気を逸らした。

 危なかった。胃からなにかこみ上げて……。飲食店のホールに立ってこの調子じゃ迷惑だ。

 私はすとんとカーペットの上に座り、壁に寄りかかった。上を向き、冷えたペットボトルを額に当てる。

 胸の不快感はまだ残ってる。
 なんとかしたくてゆっくりと呼吸を繰り返す。ふと、壁にかかっているカレンダーに目が留まる。

 直後、ギクッとした。

 まさか、この症状って……。

 浮かんだひとつの理由を胸の奥にしまい込み、動揺をひたすら抑え込む。

 けれど、私はなんとなく原因がわかってほっとした部分もあった。そして意外な感情が膨らんでいく。

 なにもかも失った私に、たったひとつ新しく与えられた小さな光。

 その可能性を感じ、ずっと陰鬱としていた気分が変化していく予感がした。
 もちろん、事実であれば戸惑いもある。が、それよりも私にとっては立ち直る力をもらえる気がした。

 その後、私はホールに戻った。

 マネージャーの計らいで裏方の仕事を中心にどうにかこなし、仕事を終えると一軒のドラッグストアに立ち寄ってから帰宅した。
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