【短】エリュシオン
彼の優しさは、二人きりの時間が経つ程に募っていく。

彼はまた離れ掛けた、私の手をさり気なく取って歩き出した。


暑くて、じんわりと肌に汗が滲む。
それに気付いたのか、彼が私の顔を覗き込んでにっこりと微笑んで来た。


「暑いから、そこの喫茶店にでも入る?」

「えー?そんなことしたら映画観られなくなっちゃうじゃん!」


くすくすと微笑むと、彼は少しだけ唇を尖らせて、じっと見つめてくる。


「だって、美緒さんが…」

「ねぇ?その"美緒さん"っていうの、やめてみよ?」

「え…?えぇっ?」


私の提案に対して、酷く動揺している彼に、私は少しだけ意地悪をした。


「私も、遠慮なく"けい"って呼ぶし。だから、慧くん……慧も、私のこと美緒って呼んで?」


ね?


とダメ押しで言うと、彼はしゅーっと瞬間湯沸かし器のように…それこそ今茹でたばかりのタコみたいに、真っ赤になった後下向き加減で、小さく「美緒……ちゃん」と言って来る。




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