政略妻は冷徹ドクターの溺愛に囚われる~不協和結婚~
とても、スピリチュアルな感覚。
固く閉じた目蓋の裏に、ベッドに横たわった、自分の姿が浮かび上がった。


心は『ここ』にある。
だから、『あれ』はただの抜け殻。


そう思えば、自分の意思と関係なく身体が戦慄するのを、奥歯が鳴るほど噛みしめて耐えていても、リモートした心に傷はつかない。
自尊心は、手放さずに済む。


今――。
男が組み敷いているのは、『赤城(あかぎ)那智』という名前を持つ身体だけだ。


(あれは『私』じゃない。私じゃない……)


しかし、強く念じたのが仇となる。
他人を見るような目で自分を見ていられたはずが、心が揺れ、同調に傾き出した。
頭の中で演奏されていた、壮大で流麗なヴァイオリンの旋律の合間に、男が「那智」と呼ぶ声が割って入る。


「っ……」


一瞬にして聴覚が蘇り、他の余計な音まで流れ込んできた。
美しい音色に耳障りなノイズが走り、不快な不協和音に耳が犯される。
連鎖反応で、触覚までもが呼び戻された。
骨ばった指が、なんの躊躇もなく太腿に滑り……。


「っ……あ、っ……!」


那智は、思わず声を漏らした。
条件反射で背を仰け反らせる彼女に、彼は満足げにほくそ笑む。
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