契約夫婦の蜜夜事情~エリート社長はかりそめ妻を独占したくて堪らない~
「うん、だからこれはおしおき。夫の前で他の男の話をしたらどうなるのか、慣れてない晴香におしえてあげる」

「そんな…ん」

 そして始まった、さっきとは正反対の優しいキス。
 丁寧に、ゆっくりと、晴香の中は刺激されて、脳がシトラスの香りに満たされてゆく。
 まるでご褒美だと晴香は思う。
 孝也が見せる夫の顔と、弟の顔。
 そのふたつの顔の狭間で、晴香の心は揺さぶられ、乱され、囚われてゆく。
 "楽しめばいい"と梨乃は言った。
 おそらくは孝也の方も、この疑似恋愛行為をある意味楽しんでいるに違いない。ふたりはけして本気にはならない者同士なのだと安心をして。
 できるだろうか。
 晴香は自問しながら目を閉じる。
 彼に惹かれるこの気持ちを彼自身に隠したまま、彼に愛されているフリをする。
 でもやらなければ、ふたりで話をした幸せな家庭は築けない。
 やらなければ、と強く思う。
 一度変えたふたりの関係は、もう元には戻らない。この結婚がダメになれば、多くの人を悲しませる。そしてそれこそが、孝也が避けたいと言った事態なのだ。

「晴香…」

 まるで愛する人を呼ぶように晴香の名を呼ぶ孝也の声。それを聞かないフリをして、晴香は走り出した気持ちに、一生懸命ブレーキをかけた。
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