契約夫婦の蜜夜事情~エリート社長はかりそめ妻を独占したくて堪らない~
 あの噂…という言葉の意味にすぐに思いあたった晴香と梨乃は同時に声をあげた。

「大鳥さん!!」

 あの噂とは、孝也が社長の娘と婚約をしているという話はまったくの事実無根だったという噂だ。
 一週間ほど前から本社の社員はその話題でもちきりだと田所が情報を仕入れてきて、港店でもちょっとした騒ぎになった。
 孝也はあのプロポーズの時に晴香が口走った戯れ言を聞き逃さなかった。そして社長からの打診を正式に断っただけではなく、噂の方も社員に向けて否定した。
 それが未だ会社では発表できていない晴香との結婚のための布石であることは明白だ。婚約話は初めからなかったのだと周知して、発表後、会社での晴香の立場が悪くならないようにしてくれているのだろう。
 一方で、孝也が正式に婚約話を否定したことが思わぬ方向へ広がりつつあるのも事実だった。
 今までも、孝也は女性社員の憧れの存在ではあったものの、社長の娘と婚約しているならば望みはないとどこかで皆諦めている部分があったのだ。
 それが実はフリーだったということが判明した。独身の女性社員たちが色めき立つのも無理はなかった。
 七瀬が同期から仕入れてきた情報によると、本社では皆やっきになって彼に近づこうとしているという話だ。休みが合わない彼氏とあまりうまくいっていないという七瀬も、例に漏れずこの少ないチャンスをものにしようというのだろう。
 それはそれで理解はできたとしても、業務時間内に、噂の真相を確かめるなんていう彼女の目論見はよろしくない振る舞いには違いない。意気揚々と晴香からお盆を取り上げる彼女を、梨乃が慌てて止めている。
< 107 / 206 >

この作品をシェア

pagetop