契約夫婦の蜜夜事情~エリート社長はかりそめ妻を独占したくて堪らない~
「晴香は慣れていないだけじゃなくて、ちょっと鈍感なとこもあるからね。それとなくアピールされてても気が付かないんじゃない?」

「そ、そんなことないよ! アピールされてれば、ちゃんと気がつくよ」

 孝也はソファに身を沈めたまま晴香の主張を胡散臭そうに聞いている。そしてやや大きなため息をついて、

「まぁ、いいや」

と言った。

「でも飲み会で晴香の話が出たというのも不愉快だった。俺の妻だと知っていて、そんなことをする勇気のある奴はいないだろうけど、知らないから…」

「そんなの同じ店なんだから、仲間の話題が出るのは当たり前じゃない? 私と梨乃だって飲みに行ったら店長の話くらいするよ?」

 晴香は言いながら、やっぱり今夜の孝也は少し疲れているようだと思った。普段は温厚で寛大な彼が、些細なことでこんなに露骨に不快感をあらわにするなんて。
 だが晴香の懸命なフォローはまったく孝也に響かない。それどころか却って火に油を注いだようだった。

「晴香は、営業マンたちの飲み会がどんなものなのかを知らないから呑気にそんなことを言うんだ。…あんなところで晴香の名前が出たなんて、港店の奴ら…許せないな」

 そう言って孝也は、目の前に広がる煌びやかな夜景を睨む。

「た、孝也!」

 晴香は慌てて声を上げた。
 事情を知らない田所の軽口で罪のない社員の評価が下がるとしたらあまりにも気の毒だと晴香は思う。
 それに晴香のことくらいで孝也と社員の間の信頼関係が損なわれるのも嫌だった。

「孝也。本当に、本当に違うの」

 一生懸命に首を振って訴えると、孝也が晴香に視線を移す。そして少し考えるように首を傾げた。

「相変わらず晴香は優しいね。まぁその晴香の優しさに免じて許してあげる。…彼らの代わりに晴香が俺の気持ちを鎮めてくれたら、だけど」
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