契約夫婦の蜜夜事情~エリート社長はかりそめ妻を独占したくて堪らない~
 どうやらふたりはこのホテルのバーにいたようだった。
 柱からふたりを見つめてる晴香に孝也が気がついて足を止めた。

「……晴香?」

 連れの男性も孝也につられて立ち止まり、晴香を見た。
 晴香はしまったと思い唇を噛んだ。
 このシチュエーションで孝也が一緒にいる人物は、間違いなく仕事関係の人なのだから、本当は彼らが別れるまでは気が付かれないようにしなくてはならなかった。でももはや今さら知らないふりはできない。
 晴香はゆっくりとふたりに歩み寄った。

「え…、どうして…?」

 孝也が戸惑い晴香に尋ねる。
 この場でどう答えるのが正解なのかわからずに、晴香が言葉に窮していると、連れの男性が口を開いた。

「久我君の、お知り合いかな?」

 孝也は男性を振り返る。そして少しだけ冷静になったように、彼に答えた。

「あ、そうなんです、藤堂副社長。彼女は僕の…」

 だが晴香をなんと紹介すればいいのかわからないといった様子で口を噤んだ。
 無理もない、と晴香は思う。
 ふたりの結婚は公にはしていないのだ。ただ会社では平穏に過ごしたいという晴香の身勝手な希望のせいで。
 晴香は小さく深呼吸をする。そして背筋を伸ばして孝也の代わりに口を開いた。

「妻の晴香です。あの…突然現れて、申し訳ありませんでした」

 藤堂副社長と呼ばれた男性は切れ長の目で二、三回瞬きをしてから微笑んで、
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