契約夫婦の蜜夜事情~エリート社長はかりそめ妻を独占したくて堪らない~
 突然の孝也の話に、晴香は戸惑いを隠せない。
 そもそも晴香が家を出るために部屋を探しているということを直接孝也に話をしたという記憶すらなかった。
 もちろん実家の建て替えの話は随分前から健太郎が孝也に相談していたから、伝わっているだろうとは思っていたが。

「晴香は市内がいいんだろ?」

 孝也の言葉に晴香はこくんと頷いた。孝也が「良かった」と呟いた。

「晴香にぴったりの物件なんだ。鍵はあるから今から行こう」

 こんな時間から?とは思わなかった。いつも忙しい孝也のスケジュールはこんな時間くらいにしか空いていないのだから。
 むしろこんな時間から内覧できるのは孝也の紹介だからに違いない。

「そうね…、孝也がいいなら、見てみたい」

 少しの期待を込めて晴香は答えた。
 はっきりいって、部屋探しは今の晴香にとって気が乗らない作業だった。
 住みなれた実家を離れる不安と、もうあまり帰れなくなるだろうという寂しさ。
 どんなに築浅のいい物件を見ても、この古い自分の部屋には敵わないと思ってしまう。
 二十九にもなって情けないと自分でも思うけれど、理屈ではないのだから仕方がない。
 賃貸と売買という多少の違いはあるものの、もはや県内の不動産業界では知らない人はいないほど有名な孝也の紹介なら、いい物件には違いないだろう。
 孝也が微笑んで頷いた。

「じゃあ、早速行こう」

「あ、でも…。健太郎は?」

 せっかくの久しぶりの飲み会の邪魔になっては申し訳ないと思う。
 だがふたりしてリビングへ下りてみると、健太郎はいびきをかいて寝ていた。

「今日はそのために来てるって健太郎にも言ってあるから。大丈夫だよ」

 そう言って孝也は、キッチンにいる広子に向かって声をかけた。

「おばさん、ご馳走さまでした。ちょっと遅い時間で申し訳ないけど、晴香を借りてもいい? ちょうどいい部屋があるから見せたいんだ」
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