お見合い政略結婚~極上旦那様は昂る独占欲を抑えられない~
 永亮とここで偶然会っていなかったら、私はびしょ濡れのお化け状態で高臣さんとホテルで会うことになってしまっただろう……。
 そう思うと、この偶然に感謝せざるを得なかった。
 
「場所どこ」
 車に乗り込むと、永亮はすぐさまカーナビのセッティングをしてくれた。
 助手席に乗った私は、すぐに咲菜さんから送られていたメールを読み返す。
「翠緑庵(スイリョクアン)って名前なんだけど」
「ぶっ……、お前そこ、ガチガチの高級老舗旅館じゃねぇか」
「えっ、そうなの?」
 無知すぎて知らなかったが、咲菜さんが手配してくれた宿は、かなり有名なところらしい。
 そんなに由緒あるお宿に、私はびしょ濡れで向かおうとしていたのかと思うと、本当に止めておいてよかったと思った。
 永亮は呆れ顔のまま車を発進させると、ワイパーで降りしきる雨を拭い去った。
「……お前、今日ひとりで何してたの?」
「和菓子巡り! いくつか事前に予約してたんだ」
「はは、相変わらずだな」
「そういえば、一階だけ永亮とも、小さい頃に京都旅行したことあったよね」
「俺の家族と、高梨家合同旅行な。そんなこともあったな」
 ――あれはまだ、永亮と私が小学三年生だった頃の話だ。
 永亮のお母さんが、よかったら京都を案内しますよと言ってくださったんだ。
 その日は年に一度あるお店の長期休暇で、永亮一家と新幹線で京都へ出向いた。
 テレビでしか見たことなかった観光地や、今まで食べたことがないくらい美味しい和食に、私はすごく感動していた。
 永亮もとても楽しそうで、手を繋いで走り回っていた記憶がある。
「あの旅行、すごく楽しかったなー。いつも仏頂面の永亮も笑顔で、なんか可愛かった記憶が……」
「俺はいつでも可愛いだろ」
「何を言ってるの?」
「冗談だ。真顔で引くな」
 赤信号で停車中に、お互いを白い目で見つめあった。
 やっぱり永亮とは、こんな風に友達みたいに軽い冗談を言い合う仲でいられるのが、一番心地いい。
 どうでもいいことも、仕事のことも、どんなことでも話せる相手って、すごく貴重だ。
「もうすぐ着くぞ」
「あっ、本当だ! 永亮ありがとう」
 昔ながらの横長の木造建築なのに、近代的な美術館のようなデザインも所々に混ざった、ハイセンスな旅館が目の前に現れた。
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